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第1080話 始まり 11-4
「あ、この前焼いてくれたいちじくが入ったやつ。またあれ食べたい」
「ビスコッティですね。いいですよ」
「珈琲に浸して食べるのが美味しかった」
美里さんの一番得意なお菓子で住んでる地方では代表的なお菓子らしい。固焼きのお菓子でそのままでも食べられるのだが、珈琲に浸したり、アイスをつけて食べたりするのもかなり美味しい。
「お前が帰ってきてから、あっという間に二キロくらい増えた」
「佐樹さんは痩せ気味だから、そのくらい増えて丁度いいんですよ」
結局パウンドケーキは三切れあったうちの半分くらいは僕の胃袋に収まった。それでも優哉は満足していたので、とりあえずはよかったということにしておこう。
「そろそろ行くか?」
「そうですね」
しばらくのんびりと珈琲を飲んで過ごしていたが、気がつけば時間は思ったよりも過ぎていた。家具を買いに行くショールームは十時半にオープンするはずだ。いまはもう十時十分前だから、移動時間を考えればそろそろ出かけてもいい頃合いだろう。使った食器を手早く片付け、僕たちは出かける支度をする。
「忘れ物はないですか」
「ああ、平気だ」
白いパーカーの上に濃紺のジャケットを羽織る。ズボンは黒のデニム。足元は白いスニーカーだ。姿見の前で身なりを整えて、斜めがけにした鞄の中身を確認した。財布や携帯電話、小さなメモ帳など必要なものはきちんと入っている。どうやら忘れ物はないようだ。
玄関先でこちらを振り返った優哉は、やんわりと目を細め近づく僕をじっと見ている。その姿に一瞬見惚れそうになった。彼はアイボリーのロングジャケットに黒のシャツ、黒のデニムというシンプルな装い。けれど背が高く手足が長い優哉は、相変わらずどこかの雑誌から抜け出たみたいに格好いい。
「行きましょう」
「ああ」
緩んだ頬を誤魔化しながら頷いて、差し伸ばされた彼の手に僕は右手を重ねた。手を握りしめると極自然に指が絡み合った。
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