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第9話

* 「ご馳走様でした‥‥‥。美味しかったです」 食欲はなかったはずなのに、お茶碗一杯を綺麗に平らげてしまった。最初から少なめだったのもあると思うけど、やっぱり人に作ってもらったものは嬉しくて美味しい。 「はい、お粗末さま」 ベッドの端に腰を下ろしている先生が微笑みながら頭を撫でる。それが心地良くて、目が自然と細まった。 (先生ってよく頭撫でるけど、癖なのかな‥‥‥?これ‥‥‥気持ち良いから、俺は好きだな‥‥‥) 「望月?」 「え、な、なんですか?」 突然名前を呼ばれて、我に帰ると、先生が目の前に手を差し出していた。 「茶碗ちょうだい」 「は、はい‥‥‥」 (うわー‥‥‥なんか恥ずかしいこと考えちゃってた。頭撫でられるの好きとか、子供だ‥‥‥) 自分の思考があまりにも恥ずかしい。これだから甘やかされるのは困る。自分が弱くなっていく気がするから。 下を向いた俺を見てどう勘違いしたのか、先生がすっと立ち上がった。 「顔色も良くなってきたし、そろそろ帰るかな」 「え‥‥‥」 「俺の車、車庫に入れさせてもらってるからさ、叔父さん帰ってきたら困るだろうし。これ洗ったら帰るな。鍵は閉めて郵便受けに入れとく」 先生はそう言って、ドアの方へ歩いて行ってしまう。 (ま、待って‥‥‥!) 帰って欲しくなくてとっさに手を伸ばせば、それに答えるかのように先生が振り返った。 一瞬期待したけど、それはすぐに先生の言葉で打ち砕かれる。 「あと、あんまりバイト頑張り過ぎるなよ。また倒れたら心配だから。じゃあ、また元気になったら学校でな」 あまりに綺麗な笑顔に、胸がいっそう苦しくなる。 俺のことを心配してくれたことが嬉しくて、けどそのせいでもっと離れたくなくなった。 (‥‥‥また一人になっちゃう) 気付けば俺は、布団をぎゅうっと握りしめて、口を開いていた。 「待って‥‥‥」 「ん?」 待ってって言ったら、本当に止まってくれた。 俺の方を見て、心配げに首を傾げてくれた。 先生が俺にしてくれる行動一つひとつが、俺には新鮮で、嬉しくて。 「先生、おねがい。俺を一人にしないで‥‥‥」 お願いなんて、記憶のある中では一回もしたことがない。ずっと一人は普通だと思っていたのに、優しくされて贅沢を覚えてしまったようだ。 「おねがい‥‥‥お願いします‥‥‥」 タガが外れたみたいに、俺は何度も何度もその言葉を紡いだ。

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