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第30話
「こら戸塚」
咎めるような声と同時に戸塚君の顔が離れていった。よく見ると、真っ赤な髪が誰かの手に引っ張られている。
「いってぇ!何するんすか、尾上さん!」
戸塚君の予想は正しくて、髪を掴んでいるのとは反対の手でカチャっと眼鏡を整えるのは、厨房にいたはずの尾上さんだった。
「純粋無垢な望月君を虐めるんじゃない」
「ちょっとした冗談じゃないっすか!しかも今虐められてんのは俺の方なんすけど!?」
「これのどこが虐めだよ。君が遅いからわざわざ呼びにきてやったんだ。感謝しろ、このマセガキ」
「ああ!?こちとら、あんたみたいな堅物よか経験あるんだっつの!!」
もう何が何だか分からなくてぽかんとしていると、憤る戸塚君と目が合う。あまりの剣幕に肩を震わせると、戸塚君は舌打ちをしながら、解放された頭を乱暴に掻いた。
「ちっ……じゃあ俺、仕事すっから。帰り道で変な奴に引っかかるんじゃねえぞ」
「う、うん。バイト頑張って」
「……ああ」
戸塚君は乱暴な歩きで仕事に戻って行く。尾上さんもニコリと微笑みながら俺に手を振って、戸塚君の後に付いて行った。
(俺もそろそろ帰らなきゃ)
先生が帰って来る前に買い物に行って夕食を作らないと。出来れば掃除もしておきたい。
「あの、御坂さん」
俺は帰る前に御坂さんにもう一度挨拶をしようと、ホールに顔を出した。ちょうどオーダーを受け終わった御坂さんの亜麻色の髪がサラリと揺れる。
「ああ、心君。もう帰る?」
「はい。来週からまたよろしくお願いします」
「うん。こちらこそよろしくね」
御坂さんは優しく微笑んで「またね」って手を振ってくれた。
(……クビにならなくて良かった)
いきなり倒れて救急車まで呼んでしまうほどの迷惑をかけた俺に、前と変わらず優しく接してくれた御坂さん。いつでも笑顔で優しくて本当に尊敬する。
(少しでも恩返しできるように、来週からまた頑張らなきゃ)
そう意気込んで、カフェを後にした。
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