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第32話 高谷広side

* メッセージに記してあった喫茶店に入り、先に着いていた彼女の向かいに腰を下ろす。 「驚いたよ。いきなり近くに来てるだなんて」 「だって、そうでもしないと会えないじゃないっ」 そう言って頬を膨らませている恋人とは、付き合って半年になる。最近は俺の仕事が忙しくて一緒の時間を過ごせていなかったから、いつも通り自然消滅するかもとか思ってたけど、そうはならなかったみたいだ。 彼女の要件を聞いたらすぐに帰るつもりだけど、さすがに何も注文しないわけにはいかないし、注文を聞きに来た店員さんに飲みきるつもりのないコーヒーを頼む。 「連絡してなくてごめんな。ちょっと、ゴタゴタしてて」 「仕事忙しいんだ?」 「んー、まあ」 確かに忙しかったけど無理をすれば会えないことはなかった。その罪悪感から煮え切らない返答になってしまったが、一応付き合ってるわけだし詳しいことを話すべきだろうと、話を切り出す。 「それがさ……」 全て説明し終わると彼女は腑に落ちない様子で頬杖をついた。 「でもさー、広君がそんなに親切にする必要あるかなぁ。従兄弟って言っても、今まで全然関わりなかったんでしょ?」 「だからってほっとけないだろ」 「んー、お人好しすぎぃ」 彼女は呆れた様子でため息をつき、ご自慢の可愛い瞳で俺のことをジッと見つめる。 「それに、その子がいたら私たち益々会えなくなるじゃない」 その言葉に胸が騒ついた。 本来はそうなのだろう。全く関わってこなかった従兄弟より彼女の方が大事で、彼女と会えなくなるのは寂しいはずだし物足りないはずだ。けど俺は、どんなことも心より大切だとは思えなかった。 担任になって二ヶ月。つまりは出会って二ヶ月。毎日のように心を見ていて分かったことがある。 心はすごく良い子だ。 課題のプリントはどの生徒よりも丁寧にやってくる。廊下で教師とすれ違うたびに軽く頭を下げて会釈する。 バイトに対する責任感は人一倍だし、人を気遣うために自分を押し殺しちゃうような、そんな子なんだ。 「別に虐待受けてるわけじゃないんだし、家に帰したほうがいいんじゃない?その子だって、窮屈な思いするだろうしさぁ」 お前が心の何を知っているんだって言ってやりたい。 俺に帰らないでって縋った、あの儚い子どもを一人になんて出来るわけがない。 何より俺が心と一緒に居たいって思ったんだ。あの子の笑顔を見たいって、俺が笑わせてやりたいって思ったんだ。 俺はまた笑顔の仮面を貼り付けて、席を立った。 「とにかくそういうことだから、しばらくまた会えなくなる」 「え……ちょっと、本気?広く──」 彼女の言葉を聞き終える前に、テーブルにお金を置いて店を出た。その直後に彼女から別れのメッセージが届いたが、特に何も感じず、ただ早く家に帰りたいと思うばかりだった。

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