67 / 242
第67話
*
久しぶりに先生とのゆっくりな夕食。
それは嬉しいはずなのに、俺の心はとてもじゃないけど今の状況を楽しめる状態じゃない。
体育で走った100m走のタイムが、陸上部を含めないでクラスで三番だったらしくて、有無を言わされずにリレー選手となってしまったのだ。
「うう……リレー、緊張します……」
「心、足速いし、大丈夫だよ」
先生はそう言ってくれるも、やっぱり緊張する。
(四番だったら、ギリギリ出なくて良かったのに……)
体育のとき頑張り過ぎた自分に教えてあげたい。もうちょっと力抜いても良いよって。
ネガティヴなのは駄目だって分かってるけど、三番目ってことはつまり、速い人の中では一番遅いってことだ。もし、俺のせいで負けてしまったら?そんな、最悪な事態を考えてしまう。
(練習しなきゃ……)
本番までに出来ることはしておきたい。
でも、走る練習を出来る所なんて知らないから、山田君に相談してみよう。山田君って、遊ぶ場所に詳しそうなイメージがある。
「ごちそうさま」
「え、あっ、お粗末様です」
「今日も美味かった。ありがとな」
俺がうんうん唸ってるうちに、いつのまにか先生のお皿が空っぽになっていた。
(美味しいって、今日も言ってくれた……嬉しい)
褒められたのが嬉しくて、ほわほわした気持ちになったものの、食器を持って立ち上がった先生を見て、すぐに我に戻る。
「あっ、先生、採点ありますよね?後は俺がやるので、お仕事してください」
「ああ……うん。ありがとう」
自分も立ち上がり、先生が使った食器を受け取って流しに持って行く。
(失敗したな……もっと、先生との会話を楽しめばよかった……)
思い返せば、さっきの俺はリレーにばっかり意識がいっていて、先生はつまらないと思ってたかもしれない。
そう反省しながら、食器を水に浸けていると、突然ほっぺに指が触れた。
「……っ」
俺より体温が低いそれは、もちろん先生のもの。
スルリと確かめるような動きに胸をバクバクさせながら、先生の顔を上目で見る。だって、顔まで上げてしまったら、せっかく触れてくれている指が、離れていってしまいそうだったから。
(先生……元気ない?)
いつもと様子が違う先生に心配になる。大人っぽいんだけど、どこか子どもっぽくもある、矛盾をはらんだ寂しそうな顔。
「せん、せい?」
「今日、山田と……」
先生の口から出たのは意外な言葉だった。
(山田君……?)
どうしてここで山田君の名前が出るのだろうか。首を傾げて、先生の言葉を待つと、数秒の間の後に、先生は打って変わってニコリと笑った。
「……いや、最近仲良いなって思ってさ」
どこかぎこちない笑顔に、俺もぎこちなく頷く。
「は、はい。山田君優しいから、仲良くしてくれて……」
「そっ……か」
「はい……」
気まずい雰囲気が流れ、「じゃあ、採点してくるな」と先生が寝室へと入っていった。一人リビングに残された俺は、先生の指の感触が残った自分のほっぺに触れる。
(なんだったんだろう……)
「あ……水……」
ジャーと水が流れたままなことに気付き、慌てて蛇口を閉める。そしてそのまま、床にズルズルとへたり込んだ。
(心臓……苦しい……)
先生が触れたほっぺの熱は、なかなか冷めてくれなかった。
ともだちにシェアしよう!