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第67話

* 久しぶりに先生とのゆっくりな夕食。 それは嬉しいはずなのに、俺の心はとてもじゃないけど今の状況を楽しめる状態じゃない。 体育で走った100m走のタイムが、陸上部を含めないでクラスで三番だったらしくて、有無を言わされずにリレー選手となってしまったのだ。 「うう……リレー、緊張します……」 「心、足速いし、大丈夫だよ」 先生はそう言ってくれるも、やっぱり緊張する。 (四番だったら、ギリギリ出なくて良かったのに……) 体育のとき頑張り過ぎた自分に教えてあげたい。もうちょっと力抜いても良いよって。 ネガティヴなのは駄目だって分かってるけど、三番目ってことはつまり、速い人の中では一番遅いってことだ。もし、俺のせいで負けてしまったら?そんな、最悪な事態を考えてしまう。 (練習しなきゃ……) 本番までに出来ることはしておきたい。 でも、走る練習を出来る所なんて知らないから、山田君に相談してみよう。山田君って、遊ぶ場所に詳しそうなイメージがある。 「ごちそうさま」 「え、あっ、お粗末様です」 「今日も美味かった。ありがとな」 俺がうんうん唸ってるうちに、いつのまにか先生のお皿が空っぽになっていた。 (美味しいって、今日も言ってくれた……嬉しい) 褒められたのが嬉しくて、ほわほわした気持ちになったものの、食器を持って立ち上がった先生を見て、すぐに我に戻る。 「あっ、先生、採点ありますよね?後は俺がやるので、お仕事してください」 「ああ……うん。ありがとう」 自分も立ち上がり、先生が使った食器を受け取って流しに持って行く。 (失敗したな……もっと、先生との会話を楽しめばよかった……) 思い返せば、さっきの俺はリレーにばっかり意識がいっていて、先生はつまらないと思ってたかもしれない。 そう反省しながら、食器を水に浸けていると、突然ほっぺに指が触れた。 「……っ」 俺より体温が低いそれは、もちろん先生のもの。 スルリと確かめるような動きに胸をバクバクさせながら、先生の顔を上目で見る。だって、顔まで上げてしまったら、せっかく触れてくれている指が、離れていってしまいそうだったから。 (先生……元気ない?) いつもと様子が違う先生に心配になる。大人っぽいんだけど、どこか子どもっぽくもある、矛盾をはらんだ寂しそうな顔。 「せん、せい?」 「今日、山田と……」 先生の口から出たのは意外な言葉だった。 (山田君……?) どうしてここで山田君の名前が出るのだろうか。首を傾げて、先生の言葉を待つと、数秒の間の後に、先生は打って変わってニコリと笑った。 「……いや、最近仲良いなって思ってさ」 どこかぎこちない笑顔に、俺もぎこちなく頷く。 「は、はい。山田君優しいから、仲良くしてくれて……」 「そっ……か」 「はい……」 気まずい雰囲気が流れ、「じゃあ、採点してくるな」と先生が寝室へと入っていった。一人リビングに残された俺は、先生の指の感触が残った自分のほっぺに触れる。 (なんだったんだろう……) 「あ……水……」 ジャーと水が流れたままなことに気付き、慌てて蛇口を閉める。そしてそのまま、床にズルズルとへたり込んだ。 (心臓……苦しい……) 先生が触れたほっぺの熱は、なかなか冷めてくれなかった。

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