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第68話 高谷広side

* 逃げるように寝室に入り、ドアにもたれかかって頭を押さえる。 「何してんだ……俺……」 いい歳して妬いてしまった自分に嫌気がさす。しかも相手は、付き合ってもいない……付き合ってないどころか、心は俺の生徒だ。嫉妬なんてして良い立場じゃない。 だけど、今日、山田が心に抱きついて頬を合わせてるのを見たら、面白くない気持ちが顔を出して仕方なかった。 これまで何人かと恋人関係を築いてきたが、妬いた経験などなかった。それ故に、それほどまでに心に惚れているんだと自覚させられたようで、戸惑いを隠せない。 「可愛いよなぁ……」 エプロン姿で俺の帰りを嬉しそうに迎えてくれるのも可愛いし、せっせと夕食の準備をしているのも可愛い。 リレーで迷惑かけたらどうしようって心配性なのも可愛いし、美味しいっていったら嬉しそうに顔をほころばせるのも可愛い。 もう、心がする行動全てが可愛くて愛しくて、それ故に変な虫が付きやしないか心配だ。 (……まあ、俺が一番変な虫なんだけどな) あの夢のことといい、もう取り返しのつかないくらい、心のことを想ってしまっている。 心を見てるとつい触れたくなるんだ。甘い言葉を囁いて、抱きしめて、君が俺にとって一番大切な子なんだと伝えたくなる。 (でも……駄目だ。それは絶対に許されない) この気持ちを隠さなければ、俺は心と一緒にいることが出来ない。大人でいない限り、俺には心の側にいる資格がない。 俺の気持ちなんかどうでも良い。何よりも、“家族”として自分を慕ってくれる心を裏切りたくない。“家族”として心を幸せにしてやりたい。 教師である俺が心の為に出来ることは、それくらいしかないのだから。 「好きだ……心」 だから、この想いは、決して表に出てはいけない。

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