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第71話

* 「どうぞ……」 ダイニングテーブルの上にティーカップを置くと、椅子に座ってる希さんが「ありがとう」と言いながら、俺の全身をジッと見つめてきた。 「あ……すみません。俺、こんな格好で……」 着替えないで帰ってきたから、俺は上下ともジャージ姿だった。可愛らしいワンピースを着た希さんの手前、自分の格好が恥ずかしくて、ほんの少し後ずさる。そんな俺に、希さんはニコリと微笑んだ。 「ううん。子どもらしくていいと思う」 子どもらしい。その言葉がちょっと心に引っかかる。けど、本当のことだから言い返せるわけもなく、俺は話題を変えようと試みた。 「あの、先生はあと一時間くらいで……」 「……」 「あ……ごめんなさい。恋人さんなら、知ってますよね……」 (恋人……) そう心の中で繰り返して、胸がチクリと痛んだ。先生はあんなに優しくて格好良いのだから、そういう人がいたって全然不思議じゃない。だけどやっぱり、好きな人に恋人がいるのは辛かった。 そんな俺に、希さんはため息混じりに呟いた。 「って言っても、元、だけどね」 「もと……ですか?」 元ってことは、今は違う。そうホッとしたのもつかの間、次の希さんの言葉に、俺はさらにどん底に落とされることになる。 「うん。別れたのはつい数週間前」 「え……」 (数週間前って、俺と先生が……) つまりそれが意味するのは── 「俺のせい、ですか……?」 俺の言葉に、希さんは焦ったように手を口に当てた。 「あ、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんだけど」 希さんのその反応はつまり肯定を意味していて、俺は自分が取り返しのつかないことをしてしまったのだと自覚した。俺の存在が先生と希さんの恋愛を邪魔してしまったんだ。 「あ……俺、ごめんなさ……」 「別に謝らなくて良いのよ。広君が優しいのは知ってるし、そういう広君のことが好きだもの」 「……」 パニクりすぎて頭の整理がつかない俺の手を、希さんが握った。思わず振り払いそうになったのをギュッと堪えて、恐る恐る希さんの目を見る。希さんもしっかりと俺を見ていて、もう目をそらすことは出来なかった。 「でも……でもね。私はまだ22だけど、広君は26歳なの。そろそろ家庭をもっていい頃だと思うんだ……」 「……っ」 「心君。あなたの寂しい気持ちはよく分かる。だけどね、広君には広君の人生があるの」 「先生の……じん、せい……」 これ以上は聞きたくない。その望みに反して、希さんは言葉を紡ぐ。 「広君の未来を、奪わないであげてくれないかな」 その言葉に、ガツンと頭を打ち付けられたような気がした。

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