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第73話
*
さっきまで晴れていたのに、外はポツポツと雨が降っていた。
車の中から外をボーッと眺めていると、車が停止した。いつのまにか着いてしまったようだ。
ここが俺の本来いるべき場所。
先生はお父さんに挨拶したいって言ったけど、そんなことされたら嘘がバレてしまうから、今日は帰りが遅いからって断った。
だから俺が車を降りれば、本当にお別れ。俺たちは教師と生徒の関係に戻って、それ以下でもそれ以上でもなくなる。
「送ってくれてありがとうございました」
「じゃあ……また明日学校でな」
「はい」
「おやすみ」
「……おやすみなさい」
きっとこれが、先生と交わす最後の『おやすみ』になる。
「じゃあ……失礼します」
そう言ってドアに手を掛けると、その腕を先生の手が掴んだ。
「せん、せい……?」
予想しなかった行動に、胸がドキドキと脈を打つ。もしかしたら引き止めてくれるかも──なんて、あまりにも都合のいい願望はすぐに打ち砕かれた。
「あ……と、リレー頑張ってな。応援してるから」
その笑顔が少しだけ悲しそうに見えるのは、きっと俺の見間違い。
「はい……頑張ります」
先生が見ててくれる。それだけですごく嬉しい。それだけで頑張れる。俺は素敵なお土産をもらった気分で、車から降りた。屋根の下で先生の車を見送って、カバンから家の鍵を取り出す。
ただの無機物を鍵穴に差し込み、冷たいドアを開いた先には──もちろん誰もいない。
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