73 / 242

第73話

* さっきまで晴れていたのに、外はポツポツと雨が降っていた。 車の中から外をボーッと眺めていると、車が停止した。いつのまにか着いてしまったようだ。 ここが俺の本来いるべき場所。 先生はお父さんに挨拶したいって言ったけど、そんなことされたら嘘がバレてしまうから、今日は帰りが遅いからって断った。 だから俺が車を降りれば、本当にお別れ。俺たちは教師と生徒の関係に戻って、それ以下でもそれ以上でもなくなる。 「送ってくれてありがとうございました」 「じゃあ……また明日学校でな」 「はい」 「おやすみ」 「……おやすみなさい」 きっとこれが、先生と交わす最後の『おやすみ』になる。 「じゃあ……失礼します」 そう言ってドアに手を掛けると、その腕を先生の手が掴んだ。 「せん、せい……?」 予想しなかった行動に、胸がドキドキと脈を打つ。もしかしたら引き止めてくれるかも──なんて、あまりにも都合のいい願望はすぐに打ち砕かれた。 「あ……と、リレー頑張ってな。応援してるから」 その笑顔が少しだけ悲しそうに見えるのは、きっと俺の見間違い。 「はい……頑張ります」 先生が見ててくれる。それだけですごく嬉しい。それだけで頑張れる。俺は素敵なお土産をもらった気分で、車から降りた。屋根の下で先生の車を見送って、カバンから家の鍵を取り出す。 ただの無機物を鍵穴に差し込み、冷たいドアを開いた先には──もちろん誰もいない。

ともだちにシェアしよう!