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第74話

「あ、れ……?」 玄関に足を踏み入れ荷物を置いたところで、すぐに違和感に気付いた。その場の空気とか臭いが明らかに前とは違う。 ある一つの懸念を持って、恐る恐るリビングへ行ったら、その予想は現実へと変わった。 部屋には物が散らかっていて、台所には洗っていないいくつもの食器。洗面所に行けば、お風呂からカビっぽい臭いがして、床には髪の毛が落ち放題。トイレには、乱雑に置かれたトイレットペーパーの芯。 生活感。前までなかったそれが、今はある。 「俺が、出てったから……?」 ここまでこの家が変わった理由はそれしかない。 お父さんは俺が家にいなくなったから帰ってきた。俺はそれほどまでにお父さんに嫌われていた。その悲しい現実が俺に襲いかかってくる。 本当は、今までもどこか分かってはいたんだ。もしかしたらって思ってた。だけど信じたくなくて、お父さんは仕事が忙しいからしょうがないって何度も自分に言い聞かせた。そうしなきゃ自分を保ってられなかったから。 だけど今はっきりと分かった。嫌でも、分かってしまった。 (俺はやっぱりいらない子だったんだ……) そう思うと、瞳から大粒の涙が溢れた。先生に見せないようにって堪えた涙が、堰を切ったように次々と零れ落ちる。 「う……っ……くっ……」 気付けば俺は、玄関に置きっぱなしだった荷物を持って、家から飛び出していた。 雨の中歩いて歩いて無意識のままたどり着いたのは、御坂さんのお店。普段は電車に乗るところを歩いて来るくらい、俺は長いこと歩いていたらしい。その証拠に、ジャージと荷物は重いくらいに雨でビショビショだ。 (こんなの迷惑だよね……) そう思い直して踵を返すと、後ろから声が掛かった。 「望月?」 その声に振り返ると、声の主が駆け寄って来て、俺の上に傘を差してくれる。 「戸塚君……」 「お前、何して……すげえ濡れてるじゃん」 「……」 「……また家出かよ」 「……」 どうしよう。雨の音がうるさくて、何も考えられない。戸塚君に返す言葉が見つからない。 「はあ……これ持ってろ」 傘を手渡され、すぐにパーカーを羽織らされる。前のとはデザインは違うけど、同じサイズのそれはもちろん戸塚君のもの。 「とつか、くん……?」 「いいから羽織ってろ」 薄手の長袖シャツの姿になった戸塚君がボストンバッグを奪い、反対の手で俺の手首を掴んで歩き出した。 (戸塚君……濡れてる……) こんなの迷惑にしかならないから駄目なのに、今はただ誰かに触れられていることに酷く安心して、俺は手を引かれるままに戸塚君に付いて行った。

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