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第75話
*
連れてかれたのはマンションだった。エレベーターで五階まで上って着いたのは、先生の家よりももっと小さい1Kの部屋。
俺のビショビショのバッグをためらいもせずに床に置いた戸塚君が、すぐにバスタオルを持ってきてくれた。投げるように渡されたそれをとっさにキャッチする。
「取り敢えずそれで拭いてろ」
そう言って、戸塚君はまた見えなくなった。
タオルからは戸塚君と同じ花の香りがする。ジャーと水の音が聞こえて十数分くらいで戸塚君が戻ってきて、俺の姿を見るなり「チッ」と舌打ちをした。
「拭けって言ったよな?」
「え……?あ……ごめんなさい……」
(ぼーっとしてた……)
せっかくタオルを貸してもらったのに俺はただ持ってただけで、未だに頭からはボタボタと雫が落ちて、玄関を汚し続けていた。
タオルをギュッと握りしめて怒られる準備をする。怖いけど、むしろその方が頭がスッキリして良いかもしれない。なんて思いながら怒鳴り声を待つこと数秒。
「はあ……」
予想に反して、戸塚君はため息をひとつ吐いただけだった。手をグイッと引っぱっられ、連れてかれた場所は洗面所。
「さっさと入れ。30分は出てくんなよ」
強引に押し込まれ、ドアを閉められてしまった。
(入れって、お風呂のこと……?)
回らない頭でそう考えて、濡れて脱ぎにくくなってる戸塚君のパーカーとジャージをゆっくりと脱ぐ。浴室へ入ると暖かい蒸気に包まれ、浴槽にはお湯が溜まっていた。軽く身体を流し、チャプ、と足を入れると、じわーっと心地良い温度が身体中に染み渡る。
(あったかい……)
冷え切った身体でもスムーズに浴槽に入ることが出来たのは、戸塚君が温度調節をしてくれたからだと思う。
お湯に解かされるように、徐々に正気を取り戻していった。ここでやっと、俺は自分の愚かさに気付いた。
あんな雨の中どこへ行こうとしてたんだろう。わけもわからず歩き続けて、何をしようとしていたんだろう。自暴自棄になってた自分が怖い。
(戸塚君がいてくれて良かった……)
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