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第77話

床に座って待ってるように促されて数分後、部屋の中央にある小さなテーブルの上に、二つのカップ麺が置かれた。 向かいに座った戸塚君が、ペリッとフタをめくる。それをぼーっと見つめてると、咎めるような視線がこちらに向いた。 「食わねえの」 「あ……思い出してて……」 「……何を?」 「一人のときは、ずっとこんな感じだったなって」 先生と暮らす前はずっとこんな感じで、インスタント食品やお惣菜ばっかりだったし、食べないときだってあった。 (先生と暮らしてからは、ちゃんとしたものを食べてたな……) 先生のためなら料理もおっくうじゃなかったし、むしろ、先生はどんな味付けが好きかなとか、今日も美味しいって言ってくれるかなとか色々考えて、作るのが楽しくなっていた。 ほんの少し前のことなのにすごく懐かしく感じていると、戸塚君がカタッと箸を置いた。 「だから倒れんじゃねえか。このアホ望月」 「で、でも……戸塚君だって……」 あのカップ麺の量はすごかった。 「あれは非常食。いつもは自炊してるっつーの」 「そ、そうなの?」 「安売りで買ったほうがいいだろ」 すぐにそう言い負かされてしまい、やっぱり言い返すなんて慣れないことはしない方がいいなと反省する。それと同時に、戸塚君って節約とかするんだって、失礼なことを思ってしまった。 俺のぶんのフタも取ってくれた戸塚君に「さっさと食え」って言われて、一口啜ると、新しい味が口の中に広がった。醤油味なんだけど、普通のよりもコクがあって、すぐにもう一口食べたくなるような味。 「わ。戸塚君、これ美味しい」 「マジで?」 戸塚君の言葉に頷く。「食べる?」ってカップを差し出そうとしたけど、その前に戸塚君が俺の手ごと箸を掴んで、綺麗な形の唇で麺を吸い上げた。 (あ……戸塚君、左利き──) とっさにそんなことを考えながら、伏し目がちな目元を見つめる。長いまつ毛がすごく綺麗で、思わず見惚れていると、戸塚君の顔がふっと上がった。 「マジだ。美味い」 満足そうな顔をした戸塚君と目が合って、俺はこの状況をやっと把握することが出来た。途端に顔が熱くなり、そんな俺に戸塚君のジト目が向く。 「……何赤くなってんの」 「だ、だって、なんか恥ずかし……っ」 (だってこれ……あーんした、みたいな……) わたわたする俺に対して、戸塚君は耐えきれなくなったように「ふっ」と笑いを漏らした。 「戸塚君……?」 「そんくらいオドオドしてる方がお前らしい」 「え……」 最後に「イラつくけど」って付け加えた戸塚君が、箸を持ってまた麺を啜り始めた。 (そうだ、俺……さっきまで……) 何も考えられなかった。どんなに濡れても、何をされても、どこか感情が欠けていた。 (やっぱり、戸塚君は優しい……) 改めて心の中で戸塚君に感謝を感じながら、俺も箸を持って食べ始めた。

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