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第78話

遅い夕食を終えて、戸塚君もお風呂に入った。その間に、洗ってもらった服や、バックの中に入っていた制服を干させてもらっていると、すぐに戸塚君が戻ってきた。 俺には30分入るように言ったのに、自分はものの数分で上がった戸塚君が、蛇口から水を出してコップに注ぐ。 「あの、戸塚君。泊まらせてくれてありがとう。明日は……ちゃんと帰るから……」 ギュウッと余った袖を握りしめる。 帰るとは言ったものの、どこへ帰るのかなんて決まってない。家しかないけど……本音を言えば帰りたくはなかった。これ以上、お父さんに面倒な子どもだって思われたくないから。 「……どこに帰る気なわけ?」 俺の心の中を見透かしたように、そう問いかけられた。飲み終えたコップをシンクに置いて、近くに寄ってきた戸塚君は、俺の横を通り過ぎてボフっとベッドの上に座る。 「センセイのとこ?それとも、元の家?つーか、まずお前、どこから家出してきたんだよ」 「……どっちも」 「はぁ?」 訝しげに眉を寄せる戸塚君。 ここまでお世話になっておいて、事情は話したくないなんて言えるわけない。それに、誰かに聞いて欲しいって思いも心のどこかにあって、俺は床に正座して、今日あった出来事を戸塚君に話すことにした。 先生の彼女さんが訪ねてきたこと。家に帰ると決めたこと。家に帰ったら、お父さんが生活していたのが分かったこと。全部話し終えたとき、戸塚君は呆れたように息を吐き、 「お前、ほんとアホだな」 と、辛辣な一言を放った。 「自分のために高校生を追い出すような女に、そんな気ぃ使ってんじゃねえよ。明らか、人間のクズだろ」 「で、でも……先生の恋人をそんな風に思いたくない……」 先生が選んだ人だから、嫌だって思いたくない。だってそれは、先生を否定することにもなるから。 「はぁ……マジでお人好しすぎ」 「……」 「……もう帰るな」 「え……?」 「センセイにしても、親父にしても、そんな奴らのとこにお前を返せるかよ」 「戸塚君……?」 「どーせ、ここにいることなんてバレねえだろ」 そう言ったきり、戸塚君はベッドに横になってしまった。壁の方を向いて寝転がる戸塚君の横には、当たり前のように一人分の空間が空いている。 「……電気」 「う、うん」 立ち上がって明かりのスイッチを押す。布団の中に入って、薄暗闇のなか戸塚君の背中を見つめた。同い年なのに、俺よりもはるかに大きな身体。俺なんかより、よっぽど大人で、すごく頼りになる。 「戸塚君……ありがと。少しの間だけ、お世話になります……」 「……」 今はまだ無理だけど、ここに少しだけ居させてもらって、ちゃんと気持ちの整理をする。そして……。 「ちゃんと、帰るね。家に」 俺はまだ子どもだから、好き勝手は出来ない。どこへも行けない。だから、帰るしかない。 あまりにも無力な自分が歯がゆくて、情けない。 「……っ。早く……大人になりたい……」 そうしたらお父さんに迷惑をかけないで、自分の力で生きていける。そして、もっと先生に近付ける。先生の恋人になれることは決してないけど、それでも生徒よりはマシだ。 「ぅ……」 必死にこらえた涙は、頬を伝いシーツに染み込んだ。 俺の微かな嗚咽を感じ取った戸塚君が、こっちに身体を向けて、俺の目尻に触れた。いつもよりも優しく、慰めるように、ゆっくりと涙を拭ってくれる。 「とつか、くん……?」 あまりに優しい触れ方に戸惑うと、戸塚君は今度はほっぺをスルリと撫でた。 「……お前さ、あんまり大人に惑わされんな。大人は自分勝手なやつばっかりなんだから」 その“大人”が、お父さんのことを言っているのか、それとも先生のことを言っているのか、はたまた両方なのかは分からない。 だけど、その言葉は俺の心を少しだけ軽くしてくれた。

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