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第109話

「ふふ。いい歳して泣くなんて恥ずかしいわね。お布団敷いてくるわ」 「俺、自分でやりますっ」 「いいのよ。すぐ終わるから、好きなだけ見ててちょうだい」 そう言って、叔母さんは二階に上がってしまい、それとすれ違うように首にタオルをかけた先生が戻ってきた。 眼鏡の奥の瞳が、俺と目があった瞬間、優しく細められる。それに胸がキュンと鳴り、やっぱり好きだなって当たり前のことを思った。 「母さんは?」 「お布団、敷いてくれてます」 「そっか。風呂、心もどうぞ」 「は、はいっ、ありがとうございます……あ、でも」 「ん?」 俺の視線につられて、先生の視線もテーブル上のアルバムに。 「……あ。やっぱり見てた」 (そういえば、先生は見せなくていいって言ってたんだった……) 「ごめんなさい……」 シュン、と謝れば、先生は苦笑しながら俺の横に腰を下ろした。 「はは。怒ってないよ。これ恥ずかしかっただけだから」 これ、と指差したのは学ラン──中学時代の写真。 「反抗期って……」 「そ。なんでか紛らわしかったんだよな」 「馬鹿だよな」って自虐的に笑う先生に、俺はふるふると首を振る。 確かに、叔母さんにとっては大変だったかもしれないけど、馬鹿だなんて思わない。反抗期って大事だってどこかで聞いたことがある。大人になるのに必要な時期って。 (それに──) 「俺、今日は先生のこといっぱい知れて、嬉しかったです」 俺が知り得なかった昔の話とか。お母さんには少しつっけんどんになる、男の子っぽいところとか。中辛のカレーが好きなこととか。 先生の新たな一面を見られたことが、すごく嬉しい。 「そう言ってくれて嬉しいよ。ありがとな」 少し照れくさそうに笑う先生に、胸がきゅうんと締め付けられる。 「でも、俺欲張りで……」 「欲張り?」 「だって、先生のこと知れば知るほど、もっと知りたいって」 もっと、先生のことを知りたい。 世界中で誰よりも、先生のことを知っていたい。 だって、先生は俺のことをなんでも分かってくれる。寂しいときとか、甘えたいときとか、苦しいとき。先生はすぐに感じ取ってくれて、素直になれない俺の代わりに、抱き寄せてくれる。 大丈夫。大事だよ。好きだよ。って俺の欲しい言葉をいっぱい囁いてくれて、俺を安心させてくれる。 俺も、先生にとって、安心できる存在になれたら──そんな、おこがましいことを思ってしまうんだ。 「だから……先生のこと、もっと教えてください」 恥ずかしくて、上目がちになってしまう。 俺は今、すごく大胆なことを言っている。その自覚はある。だけど、これが俺の本心だから。 「先生の、全部、知りたい」 「心……」 見つめ合う瞳は、相手のことしか映していない。まるで世界に二人だけのような、そんな甘く静かな空間── 「ぐぁああ」 「……っ」 突如、部屋に響いたのは、ソファで潰れていた叔父さんのいびき。それのおかげで、俺は正常な思考を取り戻し、どんどん顔に熱が集まっていく。 「あ、あ、あ、俺……」 (俺は、先生の実家でなんてことをっ……) 先生が仕事から帰ってきたときも我を忘れてた。一度じゃなく二度までも、なんて、恥ずかしくて情けなくて自分が嫌になる。 そんな俺の頭に、先生は心配そうに手を伸ばしてきた。 「心?大丈夫。ただのいびきだから──」 「お、俺っ、お風呂で、頭冷やしてきますっ!」 俺はガタッと席を立ち、逃げるようにお風呂場へと向かった。 (もうっ!穴があったら入りたい……っ)

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