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第111話

「心……して良い?」 「ふぇっ!?な、」 思わず、何を?と言いそうになったのを、慌てて飲み込む。流石にこの状況でその意味が分からないほど、鈍くはない……つもり。 先生は裏返った声を出した俺の耳をスルリと撫でて、俺はそのくすぐったさに目を細めた。その行為は俺の理性を奪うように、何度も繰り返さる。 「ぁ……んっ……」 (耳……くすぐったぃっ……) 身をよじって変な声を出さないように堪えていると、首筋にちゅ、と口付けをされて、身体がピクッと跳ねた。 「っん、せ、せんせっ……」 「……慣れるまでって言ったけど、もう余裕ないかも」 「……っ」 言葉通りの余裕なさそうな表情が、いつもより色っぽくて。ドクドクときゅうんが入り混じった心臓が、悲鳴をあげる。 (こんな強引な先生、知らないっ……) さっきまでは先生の新たな一面を知れて嬉しい、もっと知りたいと思ってた。だからこそ、全部教えて欲しいと大胆なことを言ってしまったのだけど、流石にいきなりのこれは心臓に悪い。 もし一生分の鼓動の回数が決まっているのなら、明日にでも死ぬのではないかというほど、俺の心臓はバクバクと脈を打っていた。 (だけど──) そんな幸せな理由なら、死んだって構わない。先生のことを想って死ねるのなら、俺はきっと生きてて良かったって思えると思うから。 (……なんてね) 先生のこととなると、俺は少しおかしくなってしまう。そんな自分がちょっと怖い。 だけどそういう気持ちなら……その前に一回だけでもっていう気持ちなら、どんなに恥ずかしくても、本音を言えるのではないだろうか。 「あ、あ……あの」 ギュッと先生の服を握る。緊張で汗ばむ手で申し訳ないと思う反面、こうしていないと今すぐにでも倒れてしまいそうだった。 乾いた喉で出す声は震えに震え、それでも俺はこの機会を逃すまいと必死に言葉を紡ぐ。 「俺、まだっ、慣れて、ない」 「うん」 「けど、あのっ……一生、慣れないと思うからっ」 (こんなドキドキすること、慣れるわけない……) 俺は多分、一生先生にドキドキしっぱなしだと思う。 俺は羞恥心を紛らわすように、ギュッと目を瞑って、震えながら続きの言葉を口にする。 「だから……先生の……先生のしたいように、してくださ……ぃ」 なんとか言い切るも、恥ずかしさに堪え切れなくて、先生の胸に真っ赤な顔を隠した。 (うぅ……情けない……) そんな俺の頭を先生がポンポンと撫で、そこに柔らかい感触が落とされた。 「ありがと。ごめんな」 (謝らないで……) 俺は先生の服を握る手を、ギュウッと強める。 先生が謝ることなんかない。だって、凄く凄く緊張しているけど、本当はとっても嬉しい。先生も俺としたいって思っててくれた。俺だけ浮かれてるわけじゃなかったんだって。 それに……先生は余裕ないって言ってたけど、もしかしたら俺の気持ちを見抜いてくれたのかも、なんて。都合のいいことを考えた。 (先生と……キス、できる……) 優しく肩を引き剥がされ、続いてほっぺに手が添えられる。先生の吐息がかかる距離。綺麗な瞳が俺を映し、俺も先生だけを見つめる。 「心」 「は、い……」 「好きだよ」 (嬉しい……) 愛を囁いてくれた愛しい唇が、俺のそれをめがけて、ゆっくりと距離を詰める。期待と、不安と、両方にざわめく胸を押さえ、目を閉じた。

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