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第115話
*
なんとか赤い顔を元に戻して、先生と二人で一階に降りる。
ダイニングに行くと、叔母さんが台所で朝食の準備をしていた。
「おはよう」
「おはようございますっ」
「あら、おはよう。二人とも早いのね」
今日は洋服を着ている叔母さんが、お味噌を溶かしながら微笑んだ。その様子が相変わらず綺麗で、思わず見惚れてしまった。
そんな俺の頭を、先生がなでなでする。
「今日は、心がバイトあるから」
「そうなの?偉いわねぇ。何時から?」
「えっと、十時からです」
お店は十一時オープン。御坂さんと尾上さんはもっと早くから準備しているけど、バイトの俺と戸塚君は十時から。今の時刻は七時なので、まだ余裕がある。
「じゃあ、まだ少しゆっくり出来るわね」
「はい。……あっ、手伝えることありますか?」
「あらぁ、いいの?じゃあ、卵焼き作ってくれる?」
「はいっ」
お手伝いできるのが嬉しくて、数歩の距離にある台所にトタトタと駆け寄った。
フライパンを取り出し、油をひいてスイッチを入れる。卵を解きながらチラッと先生の方を見ると、先生は椅子に座って、テーブルに置いてあった新聞を読んでいた。
(……なんか、かっこいい)
アパートでは新聞を取ってないから、先生が新聞を読んでいる姿は初めてで、それにさえもキュンとしてしまう。
(……旦那さん、みたいな……)
それなら、朝食を作ってる俺は、奥さん?
「心君?卵混ぜすぎよ?」
「えっ!あっ、ごめんなさいっ」
「ふふ。朝は弱い方?」
「い、いえ……」
(うう……恥ずかしい)
旦那さんと奥さんって、流石に気が早かったかもしれない。
(……って、違う違うっ。気が早いどころじゃないからっ!)
そもそも俺は男。夫婦になんかなれっこないのだ。
無意識に変なことを考えてしまったことを反省しながら、若干泡立ってしまった溶き卵をフライパンに流し込む。
ジューと焼ける音で心を落ち着かせていると、先生が叔母さんに声を掛けた。
「父さんは?」
「二日酔いよ。まだ寝てるわ」
「あー……飲みすぎだったもんなぁ」
「そう思ってたなら止めなさいよ。全くもう」
そんな二人のやり取りを微笑ましく思いながら、俺はふとあることを思い出した。それは、もう一人のここの家族。蓮君のこと。
「あ、あのっ……蓮君は?」
「蓮?あの子はよく寝るから、まだ寝てるんじゃないかしら」
「よく寝る……」
「休みの日は、昼まで起きてこないわねぇ」
「そう、ですか……」
シュン、としながら、焼き上がった卵焼きをお皿に移すと、先生がこっちを向いて不思議そうに頭を傾げた。
「心?蓮に用事でもあるの?」
「い、いえ。用事はないんですけど……あんまり話せなかったから、もっと仲良くなりたくて……」
「あー、蓮は無口だからなぁ」
「無口ならまだ良いわよ!あの子、心君に開口一番に、小さいって言ったんだから!」
「お、叔母さんっ」
叔母さんの言葉に、先生がキョトンとした顔をする。
「小さい……?いや……それはむしろ……」
先生は顎に手を当てて、何やら思案し始めた。
「んー……」
「先生?」
首を傾げた俺に、先生は昨日の叔母さんと同じく、いたずらっ子のように笑った。
「じゃあ、こうしようか」
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