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第119話 高谷広side
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二人が家を出て行ってから、俺はリビングのソファでパソコンを開き、昨日持ち帰った仕事にかかっていた。
コト、とコーヒーカップを置いてくれた母さんに礼を言うと、母さんは隣に腰を下ろす。
「お休みの日も仕事?教師も大変ねぇ」
「んー、まあ、やりたかった仕事だし」
確かに忙しいし、心と一緒に暮らすようになってからは、今まで学校で片付けてた仕事を持ち帰ることが多くなったけど、全然苦ではない。
教師はやりがいのある良い仕事だと、今も変わらず思ってる。日々成長していく生徒たちを間近で見れるのは、何にも変えがたい尊いことだと思うから。
……それに、家で心が待ってると思うと、自然と頑張る気力が湧いてくる。「おかえりなさい」と迎えられるだけで、一日の疲れが吹っ飛ぶんだから、俺も案外単純だ。
(ただいまって言うと、嬉しそうにはにかむのが、また可愛いんだよなぁ……)
そのあまりの可愛さに我慢できず、そのまま抱きしめて、ふわっとした髪を撫でて、そこに唇を落とすのが、一連の流れになってしまっている。
何度しても真っ赤になって照れる心が、本当に可愛い。可愛すぎる。可愛いの言葉しか見つからない。
「心君、本当に良い子ねぇ。忙しいとは思うけど、ちゃんと面倒見てあげなさいよ」
「ん。分かってる」
しみじみと言う母さんに頷き返すと、母さんは「ふふ」と笑みを漏らした。
「でも心配ないわね」
「え?」
「だって、貴方たち、とっても仲良さそうだったもの」
……仲が良いどころか、俺たちは付き合っているわけで。
(なんて言ったら、往復ビンタじゃ済まないだろうなぁ……)
親を欺いていることと、高校生に手を出していることへの罪悪感。ふとしたときに冷静になって、自分を責めることは少なくない。
(けど、腹はくくった)
俺は、心が望むかたちでそばに居たい。それが俺の一番の望みでもあるから。
他のことは、取り敢えず今は考えない。それがただの現実逃避だとしても、今は。今だけは。
「広?」
「ああ、いや……仲良くやってるよ」
不思議そうに首を傾げる母さんに笑いかけ、俺は再びパソコンに向き直った。
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