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第120話 高谷広side
(それにしても、昨日の心はヤバかった……)
『……ひろ、くん』
『先生の、全部、知りたい』
『先生の、したいようにしてくださぃ……』
『俺も、してほしぃ……したいもん……』
(もん。って、可愛すぎか)
一瞬にして理性が飛んでもおかしくないんじゃないかというほど、昨日の心の言動や表情は、胸にクルものがあった。一晩、キスだけ──しかも触れるだけのキスで耐えた自分を称えてやりたい。
(でも、いきなり舌入れたらびっくりさせちゃうしなぁ)
触れるだけで身体の力が抜けてしまう心には、ディープキスは刺激が強すぎる。それに、その行為を知ってるかさえ怪しい。
まあ、そもそも実家で、あれ以上進む勇気はないのだが。
(バイト終わるまで、あと七時間か……長いな)
早く抱きしめて、頭を撫でたい。……欲を言えば、キスも。
そんな煩悩だらけでタイピングをしていたら、隣から咎める声が響く。
「ちょっと、広?そんなに強く叩いたら、パソコン壊れちゃうわよ」
「え?ああ……」
「もう、同僚の方に煩いって嫌われるわよ?」
「はは……気をつける」
そんなこんなで、母さんは家事に戻り、俺の仕事が落ち着いた頃に蓮が帰ってきた。
「あれ、兄ちゃんまだいたの?」
ガチャリとリビングのドアを開けた蓮が、不思議そうに首を傾げる。俺は、隣に腰を下ろした蓮の頭をクシャッと撫でた。
「心が蓮と仲良くなりたいって言うから、嘘ついた。ごめんな」
「え」
「蓮、母さんから聞いたけど、いきなり小さいは駄目だろー?」
「別に悪い意味じゃなかったんだけど……一応、謝った」
悪い意味じゃない。それは俺も分かってる。
蓮は可愛いものが好きで、夕食の時も心のことを凝視していたのはそういうこと。兄弟揃って心の可愛さにやられてたんじゃ、笑えもしないけど。
「それで、仲良くなれた?」
「うん。俺の趣味……笑わないでくれた」
蓮は鍵につけたうさぎのストラップをギュっと握りしめて、はにかんだ。
そのうさぎは、蓮のお気に入り。俺が修学旅行でお土産に買ってきて、それから蓮は可愛いものを集めるようになった。
それが良かったのかは分からないが、兄として、自分が贈ったものを大事にしてもらえるのは、冥利に尽きる。
心と蓮が無事仲良くなったようで安心し、微笑ましい思いで蓮のことを眺めていると、蓮がポツリと呟いた。
「なんか、心って中身も可愛いね」
その声は、どこか愛おしそうにも感じられる声。
(……ん?)
「蓮?それってどういう──」
蓮の様子が引っかかって真意を問おうとしたら、タイミングよくスマホが鳴った。
「兄ちゃん?鳴ってるけど……」
「ああ……うん」
もう一度言うけど、蓮は可愛いものが好きだ。
(まさか……な?)
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