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第121話
*
「だから、俺は行きませんって」
「お願い、戸塚くん。他の二人は不参加なの」
「戸塚。御坂さんがこんなに頼んでるんだから」
「俺なんかいてもいなくても同じじゃないっすか」
「……この、マセガキ。めんどくさいな」
「ああ!?」
静かな更衣室で着替えを済まし、モップを持ってホールに来たら、繰り広げられていたこの状況。テーブルを拭いて開店準備をしている戸塚君を、大人二人が取り囲んでいる。
「あ、あの……どうしたんですか?」
恐る恐る声をかけると、御坂さんがパアッと表情を明るくした。
「心くん!あのね、二人が夏休みに入ってからの定休日、海に行かない?」
「海、ですか?」
「そう。慰労会ってことでって計画したんだけど、まあ当然のごとく社会人スタッフは全滅」
尾上さんが、苦笑いをしながらそう教えてくれる。
(俺と戸塚君以外のスタッフさんは、主婦の女の人が二人だっけ……)
シフトが被らないからよく知らないけど、家庭もあるし、他のパートもあるのだろう。来られないのも仕方ない。
(海、行ってみたい……けど)
「あの、すみません。俺……先生に聞いてみないと」
俺の勝手で出掛けるわけにはいかないし、まずは先生の許可を得なければ。駄目だって言われるとは思わないけど、一応。
そんな俺に、尾上さんがニヤリと笑った。
「大丈夫。さっき連絡したら、行けるって」
「え……誰が、ですか?」
「広。その日なら、有給取れるって」
「え!」
尾上さんの言葉に驚いて、俺は思わず大きな声を出してしまった。
(嘘……! 先生も一緒に?本当に?)
そんな夢みたいなことあるだろうか。
「い、良いんですか?」
あまりにも自分に都合のいい展開に不安になって、御坂さんに確認を取ってしまった。そんな俺に、御坂さんはふわりと微笑んでくれる。
「もちろんだよ~。人数は多い方が楽しいしね。尾上くんの知り合いも呼んだんだよ」
「そうそう」
「……っ」
(わあっ……嬉しい、嬉しいっ)
まさか先生と海へ遊びに行けるなんて。思わぬ展開に、によによが抑えられない。
ぽっぺに手を当てて幸せを噛み締めていると、戸塚君がガシッと俺の手を掴んだ。そのまま引き寄せられて、ぽっぺをムニっとつねられる。
「と、とふかふんっ……?」
そんな言葉になってない俺の呼びかけを華麗に無視した戸塚君が、尾上さんをギロッと睨んだ。
「そんなの俺一言も聞いてねえんですけど」
「ん?どこぞのマセガキ君は行かないんだし、関係ないんじゃないか?」
「チッ……このっ」
なんとも険悪な雰囲気。なだめようにも、ほっぺを抑えられていてどうすることもできなくて、残る一人に視線を送ると、御坂さんは困ったように笑った。
「まあまあっ。戸塚くんも来てくれるってことで良い?」
そんな御坂さんの助け船に、戸塚君は一瞬グッとつまってから、俺のほっぺから手を離し、渋々と口を開いた。
「……お願いします」
「やったぁ。じゃあ、決まりだね~」
「最初からそう言っとけばいいのに」
「ああ!?」
「ま、まあまあ、二人ともっ」
そんな三人の様子を、俺は浮かれた気持ちで眺めていた。
(楽しみだなぁ)
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