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第122話
*
鍵を開けて家に入り、トタトタとリビングに向かう。数秒歩けば良い距離を小走りするほどに、俺は早く先生に会いたかった。
「心?どうした?そんなに急いで……」
ガチャっとドアを開けると、ソファに座っていた先生が不思議そうに立ち上がる。カバンを床に置いた俺は、先生の胸に子どものようにすがりついた。
「海っ。先生も行けるって聞いてっ」
「ああ、うん。その日は講習もないし、有給が取れそうで……」
「〰︎〰︎っ!」
(嬉しいっ、嬉しいっ!)
改めて先生の口から直接聞くと、ぎゅうぅう、と喜びの感情が込み上げてきて、俺は先生の服を握りながら小さく足踏みをした。
(どうしよ……によによが止まらないっ)
「えへへ……楽しみ」
だらしなくほっぺを緩めて喜ぶ俺に、先生が「んんー」と苦しげな声を出した。顔を見ると、どこか困惑している様子だ。
「先生……?」
何か失礼なことをしてしまったのかと心配になるけど、俺はただ先生と夏休みにお出掛けできることを喜んでいただけだ。
そう。ひたすらに喜んだだけ。それだけ。
「……ぁ」
(もしかして俺……子どもみたいにはしゃいでた……?)
そんな懸念はすぐに確信に変わり、俺はボボっと一気に顔を赤らめた。
(はっ、恥ずかしいっ)
「あっ、あー、俺、夕食の準備しますねっ……」
いたたまれなくなった俺は、棒読みの言葉とともにクルッと先生に背を向けて、台所へ逃げようとした。しかし、後ろから先生にギュッと抱きしめられ、俺の現実逃避は呆気なく終わってしまう。
「せ、せんせっ、ご飯っ……」
「帰ってくるなりあんな可愛いことされて、そう簡単に行かせるわけないだろ」
「かわっ!?」
(良かった、呆れられてなかった……じゃなくて!)
二度同じ失態を犯したくなかった俺は、危うく緩みそうになった頬を慌てて引き締めた。
「で、でもっ……」
「それに、夕食ならもう出来てる」
耳にチュッとキスをされてビクッと震えながら、なんとか視線だけをテーブルに向けると、そこには美味しそうな料理を乗せたお皿が並んでいた。
(そ、そうだった……今日は先生が)
「じゃ、じゃあ……」
食べましょう、と言おうとしたのだけど──
「ひゃあっ」
「でも、ちょっと食べるの遅くなるな」
俺の言葉を遮るように耳を甘噛みした先生が、そのまま耳元で色っぽく囁き、俺はクルリと身体を回されてしまった。
(は、反則っ……)
残念ながら、先生の少しばかり意地悪な行為を咎める人は、ここにはいない。
「心……目、閉じて」
先生の顔が近づいてくる。その端整な顔立ちに思わず後ずさると、ソファに足が引っかかって、俺はごく自然にストンと腰を下ろしてしまった。先生はそんな俺の上に覆いかぶさってきて、軋んだソファとともに俺の心臓がギュンと悲鳴をあげる。
「ま、まま待ってくださいっ……心の準備がっ」
「んー……ごめん。無理」
(無理っ!?)
先生の胸を押し返そうとした手は、絡め取られソファに押し付けられた。
(こっ、恋人繋ぎっ……)
指と指が密着し合い、前には先生が覆いかぶさっている。手も背中も腰も、全部ソファに阻まれて、俺の逃げ場はもうなかった。
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