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第160話
*
やってしまいました。
やらかしてしまいました。
「うぅ……恥ずかしいよぉ……」
俺は唸りながら、洗面台に手をかけて、しゃがみこんだ。
目が覚めたら、隣で寝息を立てる先生がいて。恥ずかしくて堪らなくなった俺は、そそくさと、洗面所へと逃げてきた。
(俺は、なんて大胆なことを……)
途中から記憶が途切れていて、どうやって眠りについたのかは覚えていない。だけど、悲しいことに、俺が昨日やらかした恥ずかしい行動は、しっかりと覚えている。忘れたいのに、はっきりと、鮮明に。
いくらキスマークが嬉しかったとはいえ、そして、いくら先生のことを気持ちよくしたかったとはいえ、さすがにあれはやりすぎ。自分があんなえっちになるなんて信じられない。
(しるし……)
夢だったなら良いのに。そんな現実逃避をするために、俺は立ち上がった。鏡の前で、ゆっくりとパジャマのボタンを外していく。
「うぅ……やっぱり、ある、よね……」
はだけた胸には、くっきりと赤い花が咲いていた。
嬉しいんだけど、恥ずかしくて。そんな感情が入り混じった、複雑な気持ち。昨日までは嬉しいだけだったのに。理性を失うって本当に怖い。
「しーん」
鏡を見ながらキスマークを指でなぞっていると、突然ふわりと抱きしめられた。鼻をくすぐるのは大好きなせっけんの香り。
「せ、せんせっ……?」
(いつの間に!?)
ドキッと胸が跳ねる。キスマークに気を取られすぎて、まったく気が付かなかった。
「んー……おはよ」
「ひゃっ」
先生は俺の存在を確かめるように身体をまさぐり、そしてチュッチュッと何度も首筋に吸い付いてきた。
(く、くすぐったい……っ)
もちろんそれだけじゃない。くすぐったいだけじゃなくて、気持ち良くって。気持ち良すぎて、変な気持ちになっちゃう。
「せんせ……も、朝だからぁ……」
「……だってなぁ、せっかく一緒に寝たのに、起きたら隣にいないなんて寂しいだろ?」
「そ、れは……こめんなさ……恥ずかし、くてっ……」
触ってくれと言わんばかりにはだけた胸の頂を、クリクリといじめられ、身体がビクビクと震える。昨日いっぱい触られたそこは、少し触れただけでも感じるくらいに腫れていて。ピリピリ痛むのが、さらに快感を引き立たせる。
「ごめんなさぃ……も、許して……」
ほっぺに生理的な涙が伝う。昨日のことも相まって、羞恥心が尋常じゃない。恥ずかしくて恥ずかしくて、頭がおかしくなっちゃいそうで。うわ言のように謝罪を繰り返す。
「んっ……ごめんなさ、あっ、んんっ」
徐々に身体に力が入らなくなってきて、洗面台の縁に手をついてなんとか支えるも、それもあとどれくらい保つか分からない。
「ごめんなさぁ……恥ずかしぃ……からぁ」
「……ほんと、昨日とのギャップがなぁ……」
「ふぇ……?」
ピタッと胸を擦る手が止まった。クルっと身体を回され、腰を台に優しく押し付けられる。涙が伝うほっぺに手を添えられ、ニコッと爽やかな顔で微笑まれた。
(もう……朝からカッコよすぎるよ……)
胸をきゅんきゅんさせながら、荒い息を整えて、先生を上目遣いで見るつめる。羞恥心から、ちょっと睨む感じになってしまったけれど、先生はそれを気にした様子もなく、俺のおでこに優しいキスをしてきた。
「ごめん。つい意地悪しちゃった」
「……もぅ」
本当は怒ってないのだけど、照れたのを隠すために、ぷくー、とほっぺを膨らませた。そんな俺の機嫌を取るように、柔らかい唇が目尻に落ちてきて、溜まった涙にチュッと吸いついた。
「ごめんな……?」
「……うぅ」
チュッチュとほっぺに触れる唇。愛しむような、そんなキス。そんなことされてしまったら、これ以上拗ねた顔をするわけにはいかなくて。というか、自然とほっぺが緩んでしまって。俺は近づいてくる先生の吐息を感じながら、そっと目を閉じた。
キスに蕩ける頃には、羞恥心なんてすっかり忘れて。それが、俺が昨日の罪悪感に押しつぶされないようにという、先生の優しさだったのだと気付いたのは、先生を仕事へ送り出して少し経った頃だった。
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