169 / 242
第162話
「蓮君」
「ん?」
「今日は誘ってくれてありがとう」
そうお礼を告げて、微笑みかける。
お祭り行こうってメッセージがきたとき、すごく嬉しかった。他の友だちもいるだろうに、そんな中で俺と行ってくれるなんて、ちょっと申し訳ないけど、やっぱり嬉しい感情の方が大きいから。
「俺も、心が一緒に行ってくれて嬉しい」
「蓮君……」
(ほっぺ……緩んじゃう)
蓮君を見つめながらはにかんでいると、今まで黙って見ていたおばさんが、ついにくすくすと笑いを漏らした。
「ふふ。仲良しさんねぇ。広がいたら妬いちゃうんじゃない?」
「ふぇっ!?」
何日か前に聞き覚えのある言葉。ドキッとしてしまった俺は、過剰な反応をしてしまった。だって、嫉妬と言えば……。
(キスマーク消えてて良かったぁ……)
着付けのときに、胸がチラチラ見えた。もしも、アレがまだ消えていなかったら……なんて、考えただけでヒヤヒヤしちゃう。
(でも、ちょっと寂しいかも……)
先生からもらった印。ずっと消えなきゃいいのに。そうしたら俺はずっと先生のものでいられる。そんな変なことを考えて、ふと我に帰ると、蓮君が不機嫌そうに口を尖らせていた。
(えっ?)
俺の心がここにあらずだったから、機嫌を損ねてしまったのだろうか。焦った俺は、慌てて蓮君の顔を覗き込むように見上げた。
「れ、蓮君?どうかした……?」
「……ずるい」
「え……?」
「……兄ちゃん、いつも心と一緒。ずるい……」
「っ!かっ……」
(可愛いっ!)
突然の可愛さに、胸がキュンキュンと疼く。けれど、蓮君は男の子だし、自分より小さい俺にそんなこと言われたら嫌かなと思って、言いかけた言葉をなんとかグッと飲み込んだ。
(でも本当に、蓮君、可愛すぎだよ……)
だって、俺と一緒にいる先生がずるいって、恐れ多くて耳を疑っちゃうような言葉だけど、真面目な表情から、本気で言ってくれてるんだって伝わってくる。それがすごく嬉しくて、むずむずして、まだ胸がきゅうっとしている。
「何、蓮の方が嫉妬してるのよ~。今日は、蓮が独占できるんだから良いじゃない。ね?」
「は、はいっ」
おばさんに同意を求められ、コクコクと頷く。
「れ、蓮君っ、今日はいっぱい遊ぼうねっ」
「……ん」
蓮君は少し黙ったものの、コクリと頷いてくれたので、俺はホッと肩をなでおろした。
「じゃあ、行ってらっしゃい」
玄関先まで見送りに来てくれたおばさんが、先に外に出た蓮君にバレないように、コソッと耳打ちをしてきた。
「その浴衣、心くんにあげるからね」
「へっ?で、でも、悪いですっ」
「良いのよ~。もう着れる子、心くんしかいないんだから。帰ってから、広にも見せてあげて」
(先生に……)
こんな大事なものを貰うのは気が引けたけど、先生にはこの姿を見て欲しいと思った。だって、こんな風に自分を着飾るのはなかなかないことだから。
だから俺は、素直におばさんの好意に甘えることにした。
「……ありがとうございます。行ってきます」
「楽しんできてね」
おばさんの眩しい笑顔に送られ、家の外に出る。空は快晴で、お祭り日和だ。
(先生……なんて言ってくれるかな……)
「心?行こ?」
「う、うんっ」
(褒めてもらえたら良いな……)
そんなことを考えながら、数歩先の蓮君に駆け寄った。
ともだちにシェアしよう!