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第162話

 「蓮君」  「ん?」  「今日は誘ってくれてありがとう」  そうお礼を告げて、微笑みかける。  お祭り行こうってメッセージがきたとき、すごく嬉しかった。他の友だちもいるだろうに、そんな中で俺と行ってくれるなんて、ちょっと申し訳ないけど、やっぱり嬉しい感情の方が大きいから。  「俺も、心が一緒に行ってくれて嬉しい」  「蓮君……」  (ほっぺ……緩んじゃう)  蓮君を見つめながらはにかんでいると、今まで黙って見ていたおばさんが、ついにくすくすと笑いを漏らした。  「ふふ。仲良しさんねぇ。広がいたら妬いちゃうんじゃない?」  「ふぇっ!?」  何日か前に聞き覚えのある言葉。ドキッとしてしまった俺は、過剰な反応をしてしまった。だって、嫉妬と言えば……。  (キスマーク消えてて良かったぁ……)  着付けのときに、胸がチラチラ見えた。もしも、アレがまだ消えていなかったら……なんて、考えただけでヒヤヒヤしちゃう。  (でも、ちょっと寂しいかも……)  先生からもらった印。ずっと消えなきゃいいのに。そうしたら俺はずっと先生のものでいられる。そんな変なことを考えて、ふと我に帰ると、蓮君が不機嫌そうに口を尖らせていた。  (えっ?)  俺の心がここにあらずだったから、機嫌を損ねてしまったのだろうか。焦った俺は、慌てて蓮君の顔を覗き込むように見上げた。  「れ、蓮君?どうかした……?」  「……ずるい」  「え……?」  「……兄ちゃん、いつも心と一緒。ずるい……」  「っ!かっ……」  (可愛いっ!)  突然の可愛さに、胸がキュンキュンと疼く。けれど、蓮君は男の子だし、自分より小さい俺にそんなこと言われたら嫌かなと思って、言いかけた言葉をなんとかグッと飲み込んだ。  (でも本当に、蓮君、可愛すぎだよ……)  だって、俺と一緒にいる先生がずるいって、恐れ多くて耳を疑っちゃうような言葉だけど、真面目な表情から、本気で言ってくれてるんだって伝わってくる。それがすごく嬉しくて、むずむずして、まだ胸がきゅうっとしている。  「何、蓮の方が嫉妬してるのよ~。今日は、蓮が独占できるんだから良いじゃない。ね?」  「は、はいっ」  おばさんに同意を求められ、コクコクと頷く。  「れ、蓮君っ、今日はいっぱい遊ぼうねっ」  「……ん」  蓮君は少し黙ったものの、コクリと頷いてくれたので、俺はホッと肩をなでおろした。  「じゃあ、行ってらっしゃい」  玄関先まで見送りに来てくれたおばさんが、先に外に出た蓮君にバレないように、コソッと耳打ちをしてきた。  「その浴衣、心くんにあげるからね」  「へっ?で、でも、悪いですっ」  「良いのよ~。もう着れる子、心くんしかいないんだから。帰ってから、広にも見せてあげて」  (先生に……)  こんな大事なものを貰うのは気が引けたけど、先生にはこの姿を見て欲しいと思った。だって、こんな風に自分を着飾るのはなかなかないことだから。  だから俺は、素直におばさんの好意に甘えることにした。  「……ありがとうございます。行ってきます」  「楽しんできてね」  おばさんの眩しい笑顔に送られ、家の外に出る。空は快晴で、お祭り日和だ。  (先生……なんて言ってくれるかな……)  「心?行こ?」  「う、うんっ」  (褒めてもらえたら良いな……)  そんなことを考えながら、数歩先の蓮君に駆け寄った。

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