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第186話 高谷広side

*  「やーまーだー。良い加減にしないと怒るよ?」  新学期が始まって一週間が経った昼休み、俺は化学準備室に山田を呼んで、説教を垂れていた。  「確かに、休み明けの実力テストは成績に反映しない。しないけど、零点ってことはないだろ」  ピラッと見せたのは化学のテスト用紙。得点欄には、ゼロの数字が。しかもこれは化学だけじゃない。返ってくるたびに、ゼロ、ゼロ、ゼロゼロゼロゼロ。  教師歴はまだ四年ほどだが、これは流石に、この先そうそう見る機会はないだろう。  「正答率九〇%超えの問題も解けてないって、どういうことなの?夏休み前の山田なら解けたと思うけど」  「うう〰︎〰︎っ!!」  立ったままだった山田が、うずくまる。  「だって、俺っ、俺っ、望月と仲直りもしてないのに、勉強なんか出来ないし!」  「じゃあ、仲直りしなさい」  「無理だし!望月目も合わせてくんないし!休み時間になったら、すぐにどっか行っちゃうし!」  「……そうだなぁ」  俺の授業が終わったときに見てたけど、確かに心の避けスキルは見事だと思う。存在感を消して、スススとどこかへ行ってしまう様は、まるで忍び。  「……まあ、取り敢えず座って」  向かい合わせになるように椅子を差し出すと、山田はしょんぼりしながら座って、頭を抱えた。  「ほんとどうしよ……俺、戸塚にも酷いことしちゃった。戸塚はきっと、俺が間違ってたから教えてくれただけなのに、ついカァッとなって思いっきり殴っちゃってさ……はぁ、もう死にたい……」  「まあ、そんなに思いつめないで」  本当に死にそうな目で言うので、俺は山田に椅子ごと近寄って背中をポンポンと叩いた。  まだ高校生なんだから、ちょっとした間違いの一つや二つ起こす。問題はその後何を思うかであって、山田はちゃんとそれが出来ている。それだけでも立派だ。  「ちゃんと謝れば、戸塚君だって分かってくれる」  戸塚君だってわざと煽ったのだろうし。それに、あの子は年齢よりも大人だし、変な意地も張らないだろう。  「うん……でも連絡先知らない……望月に聞けば分かると思うけど、それも無理だし……」  「うーん……まずは望月と仲直りしたほうがいいだろうなぁ。栗原は?どんな感じ?」  「……一緒に行動はしてるけど、ギクシャクしてる」  (まあ、そうだな……)  担任として見てるだけでも分かる。クラスの中心グループがこんな状態なので、全体の雰囲気もいささか暗いし。  「栗原、なんであんなこと言ったんだろ……普段からキツイ性格だけど、あんな一方的に酷いことは絶対に言わないのに」  「……山田はどうしてだと思うの?」  「分かんないけど……松野とか皆にはさ、『家のことがあって滅多に遊べないのに、せっかく行けると思ったら肝心の山田がいなくて寂しかった』って言われたんだけど……。けど、本当にそんなんであんなになるかな……だって普段は俺のこと、アホだのバカだの言うんだぜ?」  「まあ、愛情の裏返しだったんだろうなぁ」  「てか、そしたら俺のせいじゃん!まじ俺最悪最低じゃん!あー!!」  (家のことね……)  まあ、その理由で合ってるだろう。栗原の家は兄弟が多くて、シングルマザーの母親が働いている間は、長男である栗原が面倒を見ている。と、本人から聞いている。  そして祭りの日、ひさびさに羽を伸ばせるって言うのに、一番仲のいい友だちが心を優先したのが悔しかったんだろう。  (うーん)  心がイジメられてたり、嫌がらせをされてたりしてるわけではないし、本人がこの件を話題にしたがらないのもあって、しばらく口を噤んでいたが、そろそろ限界だ。流石に、これは長すぎる。  家での心は、表情こそ明るく振舞おうとしているものの、普通とは程遠い。  具体的に言うと……かなりの確率で料理の味がしない。いや、もちろん食材の味はするけど、調味料が何も入ってないのだ。そして、それの何が一番問題なのかと言うと、本人がそれに気づかずに黙々と食べてるということ。ご飯の味が分からないなんて、精神的に相当ヤバい証拠。  (そろそろ口出してもいいかな……)

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