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第193話
「何笑ってるの?」
思わず笑みを漏らした俺を、栗原君が訝しそうに見つめる。
「えへへ……やっぱり、栗原君は良い人だったなって」
「……は?」
「だって、俺のことを『悪い人』って思ったからってことでしょ?悪い人から友だちを守ろうとするのは、良い人だもん」
ニコッと笑ってそう言うと、栗原君は頭に手を当てて、「はぁ」と息を吐きながらうな垂れた。
「栗原君?」
「なんかアホらし。こんな子に敵意むき出しにしたなんて……」
「?」
きょとんとしていると、栗原君の後方から勢いよく近づいてくる人影が。俺は思わず後ずさってしまったけど、栗原君は不思議そうに首をかしげるだけ。
「栗原ぁあああああ!!」
「ぐっ」
大きく響いた声とともに栗原君の身体は前のめりになり、俺はとっさに栗原君の身体を支え、山田君と俺とで栗原君を挟んだ、サンドウィッチ状態となった。
「望月ごめん!俺やっぱり居ても立っても居れなくて!」
「う、うん……」
(お、重い……)
そう思うも、とても素直に言える雰囲気ではなくて、俺は腕をプルプルとさせながら、山田君に苦笑いを返した。
「栗原も!マジでごめん!」
「は?」
「俺さ、浮かれてた。望月と良い感じだからって浮れてた!でも、だからって栗原がいなきゃ良いなんて思わないから!まじ栗原大事だから!」
「……あっそ」
(あ、照れた……)
俺はそう思ったんだけど、山田君には伝わらなかったようで。山田君は未だに栗原君の背中に顔をグリグリしてる。
「だから栗原、見放さないでええええ!」
「うるさいな。分かったから、離れてよ。望月君潰れるから」
「やだやだ栗原ああああ。出て行くなんて言わないでえええ!」
「だから、分かったって!しつこい!」
栗原君が無理に身体に力を入れたときだった。
「ひゃ! 」
「うわあ!」
「……っ」
俺たちは三人で倒れ込んでしまい、二人分の重さを感じながら、俺は堪え切れなくなった笑いを漏らした。
「ふふっ。あははっ」
仰向けに寝転がって笑う俺を、起き上がった二人が心配そうに見つめる。
「も、望月?」
「ほら、山田のせいで望月君壊れちゃったじゃん」
栗原君の言う通り、二人のやりとりにホッとしたことで、少しだけおかしくなってしまったみたい。手のひらで顔を覆い、俺は笑いに隠した本当の涙をソッと拭った。
(良かった……)
山田君と栗原君の友情が壊れなくて、本当に良かった。
放課後。山田君がすぐにでも戸塚君に謝りたいということで、俺たちは一緒にバイト先へ来た。尾上さんの知り合いだということもあり、御坂さんの許可を頂いて、一緒に裏口から入る。
「誠に申し訳ありませんでしたああああ!」
「いきなり何?」
土下座する山田君を冷たい目で見下ろす戸塚君。それは俺でもゾッとするほどだった。だけど、山田君はなんとかグッと堪えて、もう一度頭を下げる。
「だからその……殴ってごめん!代わりと言ってはなんだけど、いま俺のこと、思う存分に殴って良いから!い、いや……本当はちょっと……いや、かなり加減して欲しいけど……いやでも、覚悟は決めた!おっしゃあああ、ど、どんと来い!ばっちこーい!!」
「はあ……」
戸塚君は面倒臭そうに頭をかいて、そしてしゃがみこんでガッと山田君の首根っこを掴んだ。いくら山田君たっての願いでも、戸塚君は暴力をしないと思っていたから、ちょっとだけドキッとしてしまう。
けれど、やっぱり戸塚君は戸塚君だった。優しい優しい男の子。
「別に、あんなショボいの殴られたうちに入んねーよ」
「へっ?」
「つーか……これでちょうどいいんじゃねえの。俺もまあ、お前のことちょくちょく殴ってたし」
ポカーンとする山田君の襟首を持って立ち上がらせた戸塚君は、「あと」と言葉を続けた。
「俺も、不愉快なこと言って悪かったな」
その言葉に、山田君の顔はみるみる歪んで行き、ついにはポロポロと涙を流して、戸塚君に抱きついた。
「戸塚ああああああ!」
「うるせえ!ひっつくな!」
「戸塚ぁ!マジごめん、マジありがとおおおお!」
「あー!キモいんだよ!さっさと帰れ、このアホ面!」
その後、山田君は尾上さんにつまみ出されて、帰って行った。その際、元気一杯に俺に手を振ってくれて、俺もそれに振り返した。
戸塚君はこの件については、これ以上何も触れなかったけれどど、最後に俺の頭をポンポンと撫でてくれたから、きっと「良かったな」って言ってくれたんだと、そう思った。
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