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14.マトリ

 すこしずつ人数が減っていると、マトリは気がついていた。だからアユイは抜け出そうと言ったのだと、マトリはわかっていた。心の中ではマトリも、アユイとふたりきりになりたかった。けれど自分から言い出せなかった。 (どうしてだろう)  強くふたりきりになりたいと望んでいるのに、なにかが邪魔をして声にならなかった。誘われたとき、とてもうれしかったくせに、マトリはためらいを示した。 (アユイが僕の気持ちを察して、言ってくれたと思ったから)  いいや違うと、アユイに手を引かれて走りながら、マトリは自分の気持ちを探った。  森を抜けて、ふたりはアユイの小屋に入った。宵闇に包まれた室内を進み、寝台にふたりで座る。 「マトリ」  アユイの手がマトリの頬に触れ、マトリはじっと闇夜に光るアユイの瞳を見つめた。 (海みたいだ)  陽光をちりばめてかがやく水面に、アユイの瞳はとても似ている。吸い寄せられたマトリは、アユイの唇に自分の唇を軽く押しあてた。アユイの手がマトリの後頭部に流れ、マトリもアユイの髪に指を沈める。 「んっ、ん……ふ、んっ……はぁ、んっ、ぅ」  口を開き、舌を伸ばして互いの口腔をむさぼり、抱えていた想いを呼気に乗せて相手に流す。受け止めて呑み込んで、肌を熱くしながらふたりは寝台に倒れ込んだ。 「んっ、は……んんっ、んぅ……あっ、アユイ」  アユイの手がマトリの服をたくしあげ、華奢な腰から胸へと伸びる。脇から中心へ向かって撫でられ、色づきを親指でクルクルとなぞられると、マトリの腰の裏側が甘く震えた。 「は、ぁ……っ、ふ、ぁあ……っん、ぅ」  ゾワゾワと心地よい悪寒がマトリを包む。アユイの手が肌をすべるごとに強まるそれに、マトリの肌の奥に眠る発情の香りが匂い立った。 「マトリ」 「あっ」  アユイに首を甘く噛まれて、マトリは顎をのけぞらせた。狼の耳としっぽが現れる。それらを揺らして淡く身もだえるマトリは、アユイの髪を両手でまさぐった。そこに獣の耳を見つけて、安堵とよろこびを唇に乗せる。 (アユイも興奮してくれている)  しっぽを揺らすマトリの胸に、アユイの唇が落ちた。色づきをチロチロと舌先で転がされると、そこがプクリと硬くなる。もう片方を指の腹でくすぐられながら、片側に軽く歯を立てられたマトリは、腰を浮かせて切ない悲鳴を上げた。腰のものが猛り、ズボンを押し上げている。アユイの唇や指で胸の先をいじくられるごとに、甘美な刺激は全身に広がり血をめぐらせて、欲の象徴を硬くたぎらせ蜜嚢をうるおした。 「は、ぁ……ああっ、アユイ……ああ、あ……っ、んん」  このままでは濡らしてしまうと、マトリは腰を揺らした。ズボンの中にある熱のうずきが、ガマンならないと叫んでいる。 「ふぁ、あっ、アユイ……ああっ、あ」  キュウッと強く胸を吸われて、マトリは先走りをあふれさせた。じわりと布に滲み込んだものが先端に張りつく感覚に、マトリの肌の熱が増す。 (よ、汚してしまった)  羞恥と快楽に苛まれたマトリは、両腕でアユイの頭を抱えて体をまるめた。 「マトリ?」  いぶかる目で、アユイはマトリを見た。マトリはギュッと目を閉じて、わななく。 「したくないのか」  目を閉じたまま、マトリは首を振った。 「じゃあ、なんだ」  また首を振ったマトリの体を、アユイはしっかりと抱きしめた。 「もっと、ゆっくりしてほしいのか」 「……違う」 (はやくアユイが欲しい)  心はそう叫んでいるのに、マトリは素直にそれを出せなかった。どういう心理でそうなっているのか、自分でもわからない。問いに答えられないマトリは困惑し、萎縮した。 「マトリ」  やわらかな声で呼ばれて、頭を撫でられる。ちいさな子どもをあやしているようなアユイの手つきに、マトリはふっと体の力を抜いた。マトリの腕からアユイの頭が抜けて、今度は逆にマトリの頭がアユイに抱きしめられる。広くあたたかな胸に包まれて、アユイは深く息を吸い込んだ。 (アユイの匂いだ)  肌に滲み込んだ潮の香りの奥に、アユイ本来の匂いが隠れている。それがとてつもなく愛おしくて、マトリはそっと唇を押しつけた。腕を伸ばしてアユイのたくましい背中に触れたマトリは、手のひらを滑らせて引き締まった尻を撫で、毛並みの整っているしっぽの感触を指でたのしむ。ゆらりとしっぽが揺れて、マトリはクスクス笑った。 「アユイ」 「ん?」 「僕はずっと、アユイのぜんぶが欲しかったんだ」  マトリが見上げると、アユイはわずかに首をかしげた。子どものころから抱えていた想いを噛みしめて、マトリはぽつぽつと宝物を披露するように言葉に変える。 「カブフリに向けられているアユイの視線が欲しかったんだ。だから、カブフリみたいになりたかった。僕を見てほしかった。アユイの視線をひとりじめしたかった。そんなことは無理だってわかっていても……それでも僕は、アユイのぜんぶが欲しかったんだ」  吐息に想いを乗せて、マトリはアユイの顎に唇を寄せた。チュッと軽く吸ったマトリの唇を、アユイが唇でやさしく噛んだ。 「だけど、アユイは皆に平等にやさしいから。特別になんてなれないんじゃないかって、ずっと思ってた」 「いまは?」 「まだ、すこし不安かな」  ゆったりとほほえんだマトリは気づく。 (だから、ためらっているんだ。ぜんぶをアユイに見せるのを)  まえに迫ったときは、大胆にできたのに。手に入ると思うと、とたんに臆病になった自分に苦笑して、マトリはアユイの鎖骨に額を擦りつけた。 「俺も、マトリのすべてが欲しい。ずっとそう思ってきた。だが、カブフリを追いかける姿を見て、望みはないと考えていた。――だから、ずっと傍にいられる位置を作ろうとしていたんだ」  マトリを包むアユイの腕に力がこもる。頭の先にキスをされたマトリの体の奥が、じわりと熱く滲んだ。 「マトリのすべてを、いまから俺にくれないか」 「アユイのぜんぶを、僕にくれる?」  見つめあってキスをして、ふたりは服を脱いだ。裸身に手のひらを這わせて、相手の形を確かめる。 「あっ」  アユイの手がマトリの陰茎を掴んだ。先端を手のひらに包まれて、クビレに指をかけられたマトリは鼻にかかった声を上げた。手の中でこねられる陰茎の先から、透明な蜜がこぼれる。それを先端に塗り広げられ、クルクルと擦られるとマトリの奥がトロリと溶けた。 「は、ぁ……ああっ、あ、んっ、ぅ、アユイ……ああっ、あ」 「マトリ」  熱っぽく呼んだアユイが、すばやくマトリをうつむかせた。マトリは尻を持ち上げて、しっぽをまるめて下肢をさらす。アユイの唇が尻の谷に触れて、マトリは短い嬌声を漏らした。 「あっ、はぁ……ああっ、アユイ……あっ、は、ぁあ」  舌がマトリの秘孔の口をくすぐる。マトリの奥から湧き出る蜜が、アユイの舌に絡むほどに、マトリはよろこびに濡れていた。 「ふぁ、あ……っ、アユイ、あ、あ……っ」  愛撫に不安も緊張もほぐされて、望みがむき出しになったマトリは、腰を揺らしてアユイを求めた。舌が抜けて指が入る。内壁をほぐされるマトリの陰茎から、先走りがとめどなくあふれ落ちる。指にかき混ぜられた秘孔の蜜がこぼれ出て、アユイの舌が追いかける。蜜嚢を吸われたマトリは、首を伸ばして高く細く快楽の遠吠えを放った。 「はぁ、ああ……あっ、アユイ……ああっ、あ、ああ……は、ぁあ」  もどかしくて、マトリは体を揺らした。蠱惑的なマトリの声と腰の動きに、アユイの熱がこれ以上ないほど猛った。熱い吐息をマトリの肌にかけたアユイの指が、秘孔から抜かれる。代わりに欲熱があてがわれた。ヒクリと秘孔が反応し、欲熱の先をくすぐった。 「マトリ」 「……うん」  グッとアユイがマトリに沈む。圧倒的な存在感に、マトリは目を見開いて口を開き、音にならない悲鳴を上げた。慎重に進む質量のあるものに、マトリの内側が開かれていく。迎えた秘孔の内壁が、あえぐようにうごめいてアユイを刺激した。アユイの息が苦しげに詰まり、動きが止まる。 「は、ぁ……アユイ……っ、ふ、ぁ、あ」  まだ最後まで繋がりきっていないのに、やめないでほしい。気持ちを込めて振り向いたマトリは、アユイに手を伸ばした。眉をひそめたままでアユイはほほえみ、マトリの指に指を絡める。 「痛くは、ないか」 「へ……いき、だから」  やめないで、と音にできなかったマトリは、アユイの指を握る手に力を込めて想いを伝えた。うなずいたアユイの腰が動く。ホッとしたマトリの喉に、圧迫に押し出される空気の塊がわだかまった。片目をすがめたマトリに気づいたアユイの手が、マトリの陰茎にかかる。愛撫に緊張を解かれたマトリは息を抜き、アユイの熱は根元まで秘孔に埋まった。 「は、ぁ……あ、アユイ」 「ん……マトリ」  アユイが腰を折って、マトリの首に噛みついた。アユイはよろこびの悲鳴を上げて、体を揺らす。まだ、これで終わりではない。ふたりの体内で燃えたぎる想いがくすぶっている。けれどアユイは、それをすぐに満たそうとはしなかった。腰を動かすことはなく、絡めた指を撫でながら、マトリの首やうなじ、肩や背中にキスをする。アユイの唇が触れた箇所から、マトリの胸へと想いが流れた。  無言の気遣いに、マトリの心はいっぱいになった。慣れていないマトリの息苦しさを、すこしでもやわらげようとしているアユイの気持ちと、体内に包んでいる暴力的なほどの熱の落差にマトリの目に涙がにじむ。 (僕は、こんなにも大切にされているんだ)  アユイのすべてが自分に向いている。感動に打ち震えたマトリは、それを返したくなった。 「アユイ」 「ん?」 「もう、いいから」 「なにが」 「アユイの好きにして」 「え」  マトリは軽く体を揺すった。繋がっている箇所が擦れて、かすかな嬌声が喉から漏れる。 「まだ、苦しいだろう。もうすこし、慣れてからでいい」 「いいんだ……僕が、欲しいから」 「マトリ」 「ねぇ、アユイ」 「……わかった」  アユイがゆっくりと腰を引き、マトリの内側から熱が抜ける。おなじ速度でそれは戻り、マトリはもどかしさに震えた。 「んっ、もっと……ねえ、アユイ」 「俺が、こうしたいんだ」  泣きたいくらいのやさしさに、マトリはほほえんだ。発情の匂いがあふれ出て、アユイの官能を刺激する。アユイは息を荒らげながら欲望をいさめていたが、掻き立てられる情動を抑えきれなくなった。 「はぁあうっ、あ、はんっ、はんっ、は、はぅうっ……はっ、ぁ、ああっ、あ」  激しくなった律動に、マトリは艶やかな声を上げた。悩ましい悲鳴にアユイはますます刺激され、動きをはやめる。 「あはぁあううっ、ひっ、ぁ、ああ……ふ、ぁあうっ、アユイ、あっ、ああ」 「マトリ……っ、マトリ」  押し殺されたアユイの息が、荒く乱れている。おなじように昂っているのだと、マトリはうれしくなった。よろこびに呼応した内壁が蠢動し、アユイを締めつけた。愛蜜を生み出すマトリの奥が、アユイの欲を求めている。  汗を滴らせるほど激しく突き上げたアユイは、マトリの首に噛みつきながら腰を震わせ、精を漏らした。 「くっ、ぅ」 「あっ、ぁ、はぁああぅううっ!」  あふれる愛蜜を押し分けて、アユイのほとばしりがマトリの奥を叩くと、すべてを絞ろうとするかのように内壁が強く締まり、マトリも達した。  長く尾を引くはじめての交合の余韻が、汗の匂いとともに夜気に広がる。折り重なったまま、ふたりは自然と息が整うのを待った。 「マトリ」  先に落ち着きを取り戻したアユイが、噛みついた箇所に舌を伸ばす。フルッとちいさくふるえたアユイが、ぽつりと「うれしい」とこぼした。 「これで、僕は正式にアユイのツガイだ」 「俺は本当に、マトリのツガイになれたんだな」  顔を見合わせ、クスクスと笑いを乗せた唇を軽く重ねる。アユイが体を起こすと、マトリが「あっ」と眉を寄せた。 「どうした」 「ん……離れるの、惜しいなって」  はにかむマトリに、アユイもほほえむ。 「俺も、そう思う」 「じゃあ、もうすこし……このままでいてもらえる?」 「また、したくなったらどうするんだ」 「すればいいよ。きっと、そのときは僕もしたくなってるから」 「だが、この体勢のままじゃつらいだろう」 「でも」 「なら、こうするか」 「わあっ」  アユイは両腕でマトリの腰をしっかりと包み、引き上げた。そのまま座位になったマトリは目をパチクリさせて振り向いた。 「これなら、俺の重さでマトリを潰さなくていい」 「うん……でも、どうせなら僕もアユイを抱きしめたいな」  すっぽりと腕に包まれたマトリは、両手を背後に回して背中をアユイの胸に押しつけた。 「これじゃ、なんだか物足りない」 「なら」 「んぁっ」  腰を持ち上げられたマトリから、アユイが抜ける。欲の張り出した部分が秘孔の口に引っかかって、マトリは妙な声を出した。 「これで、いいか?」  くるりとマトリを回したアユイはニッコリした。マトリは上目遣いにアユイを見て、唇を尖らせる。 「アユイが」  その先を濁したマトリの額に、アユイはキスをした。 「したくなれば、してもいいんだろう? そのときに、また」  不満顔のままうなずいたマトリは、ギュッとアユイにしがみついた。 (僕のものだ……そして、僕もアユイのもの)  だから、あせらなくてもいい。これからはもう、気持ちを隠しながらも想いを貫こうと、イビツな心地で過ごさなくてもいい。ふたりはもうツガイになったのだから。ツガイになったふたりの邪魔は、だれにもできないのだから。

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