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一ノ宮は離婚した。 元妻が突きつけてきた条件を全て呑んで、ほとんどの共有財産を手放し、離婚調停に至ることもなく、比較的冷静な夫婦間協議の末に独り身となった。 原因は一言では片づけられない。 ただ、一ノ宮の中で<帰る場所>と<帰りたい場所>が別々になっていったのが大きな要因だった。 「あなた、おかわりは?」 「……」 「あなたぁ、はーい、あーん!」 「……」 シロクロ双子と向かい合う食卓で双子の手料理を食べる一ノ宮。 眉間にはずっと皺が寄っている。 この家ではなかなか落ち着いて食事ができない。 「白湯のお代わり持ってきてあげる!」 反対に笑顔満開のクロ。 「味噌汁、こくねぇ? キノコ系平気だったか?」 自分担当だった味噌汁が口に合うか頻りに尋ねてくるシロ。 以前の食卓ならばもう食べ終えてソファに落ち着いている頃だろう。 この家では食卓にいる時間がとても長い。 「ハンバーグもお味噌汁も美味しい」 一ノ宮が素直に感想を告げればシロクロ双子は顔を見合わせてニヤニヤ。 「早く引っ越し先を見つけなければ」 「だーかーら! センセェここに住んでいいってば」 「こちらにお世話になるのは部屋を見つけるまで、そう決めている」 「ここに住めよ、センセェ」 家でも色違いお揃いなシロクロの言葉に一ノ宮は頑なに首を左右に振り続けるのだった。 深夜。 月明かりを吸い込んで仄白い障子。 草木の生い茂る庭で虫が鳴いている。 「センセェ」 その夜、双子宅の一間を借りている一ノ宮の仮寝床に潜り込んできたのは。 「こんな時間まで読書かよ? 活字中毒だな、ほんと」 シンプルな部屋着の一ノ宮に対して柄シャツに柄パンでけばけばしいシロ。 複数の段ボールに囲まれた布団の中で文庫本を読んでいた准教授を背中から抱きしめた。 うなじに頬擦りして乾き切っていない髪に鼻先を押しつける。 肌が恋しくて居ても立ってもいられずにシャツの内側へ両手を突っ込む。 「ッ……」 「クリスマスも」 「……え?」 「冬休みも夏休みも、誕生日も、あんた、もうフリーなんだよな」 「……」 「今、センセェ、俺らのモン?」 「私は誰のものでもない」

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