43 / 66
パラレル番外編-2
一晩だけのはずが。
「もっと勉強教えて、センセェ」
「絵本よんで」
「クロ君、シロ君、もう昼を過ぎた。早く帰りなさい」
「帰り方わかんないよ、また道に迷っちゃう」
「怖い獣に食べられちゃう」
「彼らは滅多に人を食べたりしない。毛皮を奪うため仲間を殺されているから、むしろ人を恐れて近づいてこない」
「その話、もっと教えて、センセェ」
「絵本よんで」
シロクロ双子は魔女の血を引く一ノ宮の家に居着いてしまった。
温かい食事をくれた、柔らかなベッドで眠らせてくれた、そしてなんと言っても美人な一ノ宮に二人は出会った瞬間からころっと懐いていた。
「……仕方ないな」
小さな二人に縋りつかれてころっと絆されてしまう一ノ宮も一ノ宮なのだが。
明々と燃える暖炉。
窓の外は恐ろしいくらい冷たい闇に満ちているというのにここはとても温かい。
長椅子で眠ってしまったシロに膝枕してやっている一ノ宮。
床に膝を立て、パッチワークの毛布に包まってスヤスヤしている片割れを覗き込んでいるクロ。
「センセェ、俺とシロはね、家出したんだ」
ボロボロのクマのヌイグルミを抱いているシロのおでこをクロはよしよしと撫でる。
「うそついてごめんなさい」
とっくに嘘だと見抜いていた一ノ宮は静かに首を左右に振った。
そして。
シロを撫でていたクロの頭をゆっくり撫でた。
「センセェ」
大好きだった祖父を思い出して顔を上げれば微笑む一ノ宮と目が合って。
かつて感じたことのない痛みに幼いながらもクロは胸を貫かれた。
「シロはね、俺の弟だから」
「ああ」
「俺が守らないと。俺はシロのお兄ちゃんだから」
「クロ君は強いんだな」
一ノ宮にそう言われたクロは何故だか泣きたくなって、ぐっと堪え、こっくり頷いた……。
シロクロ双子は一ノ宮の元でぐんぐん育っていった。
知識豊富な魔女の血筋に日々色んなことを教わって。
古い書物に触れ、読み書きも覚え、数字の足し引きもできるようになって。
いつの間にか一ノ宮の身長を追い越すほど伸びやかに成長して。
十代後半へ差し掛かった頃のことだった。
「クロ……苦しい、俺……」
シロが病にかかった。
死神に出迎えられる恐れのある重い病だった。
必死の看病も虚しく日に日に衰えていく片割れ。
弱り果てた弟のそばでクロはずっと笑顔を浮かべていた。
「クロ君」
「ねぇ、センセェ、魔法で何とかならない?」
「……」
「病気も治って、みんなで幸せになる魔法とか、さ」
湖の畔で病床に活ける草花を手折っていたクロに笑いかけられて、一ノ宮は、その場を去った。
ここは魔女の森。
幸せになる魔法など、どこにも、ない。
あるのは呪いだけ。
「シロ君」
クロがまだ湖の畔で淡い色合いの草花を両手いっぱいに集めている頃、一ノ宮は、いつ果ててもおかしくない鼓動をかろうじて保って寝台に横たわるシロの傍らに立った。
掠れた声で「センセェ」と呼んだ彼に微笑みかけ、手にしていたソレを掲げてみせる。
一ノ宮が作ったばかりの甘い甘いお菓子だった。
半分に割って、そっと、シロの口内に含ませる。
残りの半分は戻ってきたクロに。
そして。
シロの病は嘘のように癒えて。
以前と変わらない、一ノ宮に見守られながらの優しい穏やかな時間がゆっくりひたすら流れて。
巡り巡る四季。
何も、何も変わらない日々。
ただ一ノ宮への双子の想いだけが日に日に増していく。
時に厳しく、時にひたすら甘く寄り添ってくれる彼が無性に物欲しくなる瞬間に何度も心身を魘された。
やがて二人の感情そのものにも変化が。
「村へ降りたい?」
一ノ宮は手にしていた木の匙を空中でぴたりと止めた。
向かい側で焼き立てのパンをパクパクしていた双子は揃って頷く。
「おじいちゃんのお墓に、お花、あげたくて」
「埋葬のときしか行ってねぇから」
「ついでに、さ、他の面子はどうしてるかな~なんて」
「クロ、あいつのホクロ、むしり取ってやんだろ」
いつものように他愛ない会話を交わす二人の前で一ノ宮は僅かに俯いた。
その日の午前中、いつになく寡黙だった一ノ宮に見送られて双子は村を目指した。
そこで手にした真実。
早朝に集められるだけ集めた薫り豊かな花束は愛した祖父の墓へ捧げられる前に二人の足元へ身を投げた。
ともだちにシェアしよう!