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10-晴天遠足日和

「笑ってよーシロ?」 「……」 「ほらークマたんも笑ってほしいってよ?」 「……」 「シロくんが笑ってくれないとボクまで笑顔わすれちゃう! 夜眠れなくなっちゃう! だから笑ってー!」 「……くすくす……」 「せいしんあんていざいとすいみんやくが手放せなくなっちゃうよ~」 「あはは」 小さなクロは小さなシロを笑わせるのが得意だった。 日曜日、快晴、穏やかな昼下がり。 「ほらーセンセェ、景色がキレーだね!」 「ちょっと寒くね?」 「鬼ごっこする? この無駄にひろーいスペースぜーんぶ使って!」 「……二人とも、私の年を考えてくれ」 まさかこの年になってピクニックに出かけるなんて。 真っ青な空の下、一ノ宮はなだらかな勾配のある芝生上をゆっくり歩みながら一人苦笑した。 都心を離れて山深い峠道を曲がりくねって、郊外にあるこの展望公園まで、もちろん徒歩でやってきたわけではない。 双子の知り合いの茂里クンが運転するタクシーでついさっき到着したばかりだった。 「帰る頃になったら連絡するねー」 「了解でーす」 タクシーが去って、広々とした展望公園には、まさかの一ノ宮と双子だけ。 休日、海も山も一望できる絶好のロケーションだというのに勿体ない話だ。 「さっきの道、十分くらい上ったら、キャンプ場とか長ぇ滑り台つきの公園あるんだよな」 「売店もあったし、みんなそっちに流れてくのかもねー」 なるほど。 三つ揃いのスーツ……ではなく、ゆったりしたネイビーのフードつきパーカーに、ほぼ同色のカジュアルパンツにブラックのラインがはいった白のスニーカーというアウトドアコーデの一ノ宮。 眩しい陽射しに双眸を細め、片手を翳し、颯爽と前を行く双子の後を危なっかしげについていく。 「センセェ、フラフラしてんな」 「運動不足だー」 「君達が早すぎるんだ」 「おんぶしてやろーか」 「あ、お姫様抱っこしてあげる!」 今日は一切セットしなかった手つかずの黒髪をさらさらと振り乱すみたいに一ノ宮は首を左右に振った。 「じゃあ、ここでお昼にしよー」 やたらだだっぴろい公園の一角。 適当な木陰で持参のレジャーシートをクロは広げた。 「最初は涼しかったけど暑くなってきたな、水買っといてよかったわ」 大きいトートバッグからホットコーヒーの入ったマイボトルとミネラルウォーターのペットボトルを取り出したシロ。 真ん中には双子手作りサンドイッチが詰まったランチボックスが置かれた。 ……本当にピクニックだ。 ……鏡花がまだ小学校に上がる前に行ったきり、だろうか。 今は元妻と暮らしているおばかちゃん娘を思い出し、ちょこっと切なくなった一ノ宮がぼんやり佇んでいたら。 「座れよ、センセェ」 「おなかへったー、食べよ!」 双子にぐいっと両手を引っ張られて遠い思い出の縁から現実に帰ってきた。 気持ちのいい風が吹き抜け、周囲の茂みから鳥の囀りが絶え間なく聞こえてくる中、少し遅めのランチタイムを始めた。 「こんなにたくさん作っていたんだな」 「そだよー」 「私も手伝ったのに」 「んー。センセェはお世辞にもお料理上手だとは言えないからねー」 「……」 「完璧っぽいあんたにも不得意なモンがあるって、嬉しいよ、なんか」 お行儀悪く寝そべってサンドイッチをぱくつく双子に挟まれて、もぐもぐ、一ノ宮はゆっくり丁寧に食す。 「これは何だろう」 「あ! それ俺がつくったー!」 「……ものすごく甘いんだが」 「チョコレートソースとピーナッツバターときなこバターのサンドイッチ!」 「ヒくわ、クロ」 もぐ……もぐ……と一生懸命激甘サンドを完食しようとしている一ノ宮にシロクロ双子はお揃いの笑顔を浮かべた。

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