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「本当に誰も来ないな」
「世界に俺達とセンセェだけみたいだねー」
食後のホットコーヒーを嗜んで一息つき、一ノ宮は空を見上げる。
鬱蒼と生い茂る枝葉越しに爽快な青が滲んで見えた。
「そうだな……」
葉陰の落ちた肌はいつにもまして涼しげに澄んで見えた。
薫風にくすぐられて乱れた前髪を細長い指で押さえ、空を仰ぐ眼差し、瑞々しい空気に触れて緩む唇。
『君達は不快そのものだ』
かつて、自分の娘に近づいてきたシロクロ双子に金を渡して縁を切らせようとした彼。
双子が元から狙いを定めていたのは准教授本人だった。
綺麗で美人だったから。
ただ単純に欲しいと思った。
『妬けるよ、一ノ宮先生?』
一度、触れると、加速がついた。
もっともっと欲しくなった。
だけど彼はすでに誰かのもので。
『だって……コーフンしない……? こどもの鏡花ちゃんの前でさ……パパなセンセェ、はめんの』
過激な我侭を繰り返して随分と困らせたものだ。
『乳首らめにゃぁぁ……ぎゅってしちゃ、やらぁぁ……』
彼自身が満更でもなさそうな反応を見せるので勢いづいてしまった節もあるのだが。
「センセェ、どしたの、改めてお部屋に呼ぶなんて」
「疼いて講義どころじゃねーとか?」
ある日の午後、准教授の研究室にシロクロは呼び出された。
部屋の主である彼はデスクにつかずに書棚の前で俯きがちに立っていた。
「君達に報告したいことがある」
改まった物言いにシロとクロは顔を見合わせた。
「報告?」
「とうとうおばかちゃん鏡花ちゃんの肉食ママと別れる決心ついたとか?」
俯きがちだった一ノ宮が堰を切ったように顔を上げたので二人は目を見開かせた。
「……え……」
「うっそ……まさか……ほんと? センセェ?」
思わずすぐそばまで駆け寄ってきた双子の視線を至近距離から浴びた一ノ宮は、浅く、頷いた……。
「私達以外誰もいないみたいだな」
もう急いてがっつく必要はない?
ここにいるから、もうどこにも行かないから……?
「「センセェ」」
「うわっ……こら、やめなさい、ここは外だッ!」
「誰もいねーし」
「こんなに天気いーし? 青姦日和じゃなーい?」
「やめなさい!」
両サイドから同時に擦り寄ってみれば赤ら顔で嫌がられてシロクロは肩を竦めてみせた。
それならばと、ごろんと再び横になり、膝枕強制。
「ここ、ゴツゴツしてんだよな」
「あーちょうどいーこの枕!」
膝を占領された一ノ宮は苦笑した。
「全く、もう」
その後、双子は本気で熟睡し、そうして公園にやってきたまさかの家族連れ、好奇心旺盛なこどもの視線を真っ向から浴びた一ノ宮はふかーく俯いてその場をやり過ごしたのだった。
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