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12-春爛漫一夜二夜

大学が二月から春期休暇に入り、文学部准教授の一ノ宮はレポートの採点に時間をかけながらも、有意義な休息をゆっくり静かに満喫していた……はずだった。 「おはよ、センセェ」 「一ノ宮センセー!」 現在時刻は朝七時であった。 昨夜はお気に入りの名画を贅沢に二本立てで観賞し、普段の就寝時間を大幅に過ぎ、よってまだベッドで眠っていた一ノ宮は無情なインターホンによって起こされた。 寝惚け眼を懸命に擦って銀縁眼鏡をかけ、モニターを覗き込めば。 無表情で手を振るシロ、無駄に笑顔を振り撒くクロが写り込んでいた。 「おはよ、センセェ」 「一ノ宮センセー!」 「挨拶はもう聞いた……一体、こんな朝早くから何の用だ」 オートロックを開錠して招いてやればシロクロ双子は起床したばかりでパジャマ姿の一ノ宮を上から下までじろじろ、じろじろ。 「そそるな、パジャマセンセェ」 「パジャマセンセェ、かわいー」 何とも間の抜けた呼び方に一ノ宮のこめかみはピクピク、ピクピク。 「早く用件を言いなさい」 顔は洗ったものの、まだ黒色のパジャマ姿で髪が乱れている一ノ宮にシロクロ双子は揃って笑いかけた。 「お出かけしよ?」 「早く準備しねぇと」 ポカンとしている一ノ宮を余所に寝室へ上がりこんだ二人は勝手にクローゼットを開け放ち、ハンガーにかけられていた服を次から次に取り出していく。 「うーん、春だし明るい色がいーんだけど、暗い色ばっか」 「センセェがピンクとかオレンジ着てたらヒかねぇか」 「ねーねー、今日ってあったかい?」 「知らねぇ」 二人揃って黒髪で色違いファッションの双子がクローゼット内にある服全てをぶちまける勢いでベッドへポイポイするのを、一ノ宮は、呆然と眺めていた。 普段の一ノ宮ならばすかさず止めに入っていただろう。 寝起きで少々感覚が鈍っているようだ。 「でもやっぱセンスいーね。お。コレとか、どかな」 ぼんやり一ノ宮にクロがトップスを押し当てればシロがすかさずボトムスをチョイス。 「おー。これでいこー。アウターはコレで、と」 「明日の着替えも用意しねぇと」 「センセェ、旅行用の鞄とかは? キャリーバッグある?」 「……ちょっと待ってくれ」 着替えとか、旅行とか、一体何の話だ。 私は何一つ聞かされていないんだが。 「だって昨日の夜決めたし?」 「やっぱ男は即決で行動しねぇと」 また別の服を掲げて自分のコーデを考えているシロクロ双子に、一ノ宮は、四の五の言うのを諦めた。 「せめて一泊だけにしてくれ」 それだけ言うのがやっとだった。

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