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第38話(啓一視点)

 ダイスの看板が見えてきた頃、俺の視界には同時に冴たちの一団が映る。 「冴。」  俺が声をかけると冴はすぐに振り返り、ぱっと笑顔になった。 「おっせーよ、啓一ぃ。待ちくたびれたじゃん。」 「誰のせいだ。」 「んー、俺?」 「わかってるなら尻拭いを俺にさせんな。」 「悪かったって。」  けらけら笑った冴はがっちりと腕をつかんだままの梅田のほうを見て目を細める。 「歩かせちゃってごめんね?でももう着いたから。」 「や、お、俺帰らないと、親も心配するんで。」 「え?ああ、それなら大丈夫。さっきメールしておいたから。」 「は?メール?」  梅田ははっとして自分のポケットに手を突っ込んだ。するとその様子を見ていた神田がくすっと笑いながら梅田の肩をたたく。 「もしかして、これ探してる?」 「っ、お、俺のスマホ?!」  神田はスマホの画面を長い爪でこつこつ叩きながら楽しげに笑った。 「さっきだよ~。お母さんにはメール打っておいたから安心してね?『塾でわかんないとこ質問してから帰る』って。だから少し遅くなったって誰も心配なんかしないよ?」  それを聞いた梅田は微かに震えながら冴と神田、それから俺を順番に見る。見開かれた目は恐怖でいっぱいで、今にも泣きだしそうだった。 ―――これだけビビるってことは、自分がろくでもないことをしてるっていう自覚はあるわけだ。 それなら話は案外早くつくかも。  そんな予想を立てていると、ダイスのオーナーが店から出てきた。そして俺たちに気が付くと目を丸くする。 「なんだなんだ?今日はなんかの打ち上げか?」  冴は梅田をずるずる引っ張りながら小首を傾げた。 「んー、まあそんなとこ?ねえオーナー、今店ん中人多い?」 「いや?今はそんなでもないなぁ。」 「じゃあさ、奥の部屋貸してくんない?みんな一杯ずつ頼むから。ね?」 「おー、いいぞいいぞ。」  首尾よく場所を確保した冴は、俺に小さく微笑みかけてから先頭を切って店の中に入っていった。冴が言った「奥の部屋」とは、このクラブのVIPルームのことだ。貸切パーティーができる程度の広さがあって、部屋の真ん中にはビリヤード台が置かれている。俺たちは数度使ったことがあったが、梅田は当然こういう場に足を踏み入れることも初めてのようで、店の中に入った瞬間小さな悲鳴を上げていた。 「『優等生』クンは居心地悪いかな?」  にっこり笑いながら言った冴は梅田を一番奥のVIPルームに押し込んだ。そしてその後ろからぞろぞろとツレのやつらが入ってきて、部屋はすぐに人でいっぱいになる。 ―――「逃げられない」って顔してるな。  梅田の表情は硬くこわばり、人の壁で阻まれた部屋の扉のほうをしきりに見ていた。こう人が多いと、たとえ数人をかわして前に進めても、すぐに別の誰かに捕まってしまう。それくらいのことは梅田にもわかったはずだ。 「さてと。」  冴はビリヤード台に腰かけ、足を組む。 「みんな、好きに遊んでて。俺はちょっとこいつと話詰めておくから。あ、それとワンドリンク頼んでね。」 「よーし、じゃあビールの人手ェあげてー。」 「あ、俺テキーラ。」 「あははっ!いきなりテキーラとかやっべぇ!俺もそうしよーっと。」 「あたしジンジャーエールね~。」 「あー、もう、だから手ェあげろっての!」  わいわいとやりはじめた面々を眺め、冴は梅田に笑いかける。 「何の話か分かってる?」 「……さあ。」 「いやいやいやいや、ここでしらばっくれる意味なくない?わざわざ迎えにきた時点でわかるよね?」 「…………嵐山のことですか?」 「そうそう!なんだぁ、やぱりわかってんじゃん。」

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