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第39話(啓一視点)

 無邪気に笑った冴は、注文を整理する「コーラ」という声に返事をしてから再び梅田に尋ねる。 「今日、嵐山になにした?」 「…………。」 「黙ってたらわからないなぁ。」  今更口をつぐむより、さっさと白状してしまったほうがずっと楽だ。黙っていればいるほど、状況は悪化する。それが理解できないらしい梅田は、下唇を噛んだままうんともすんとも言わなかった。  しかたなく、俺はビリヤード台の上に放置されたままになっていたキューを手に取り、それをこれ見よがしに眺めてみせた。古典的な手口ではあるが、こういう「脅し」は単純でわかりやすい。当然、実際にこれを使って殴る気なんてなかった。しかし後ろめたいことのある梅田は蒼白な顔になってぽつりぽつりと喋りだした。 「トイレで……ヤりました。」  ようやく口を開いた梅田の頬に手を伸ばし、冴は小首を傾げてほほ笑む。梅田は小刻みに震えたまま、続きを話す。 「そ、そのあと、エネマグラいれて……そ、そのまま俺は帰りました。」 「今回が初めてじゃないだろ?」  世間話でもするような気軽さで冴が問うと、梅田は小さく頷く。冴はそんな梅田の顎の下を指先で撫でながら、耳元に顔を近づけて囁いた。 「なんで?」 「は?な、なんで?え、だって……あいつホモだし……。」 「ゲイだとレイプしていいの?」 「や、そういうわけじゃ……でもあいつ、いつもそういう目で俺たちのこと見てるんだろうし……。」 「そういう目って?」  梅田は苦い顔をしてぼそぼそと答えた。 「……だって、襲って来たりしそうじゃないですか。男漁り目的で男子校選んだに決まってるし。キモいじゃないっすか。自分がそういう目で見られてたら。」  すると冴は梅田から顔を離し、神田を呼んだ。 「夏希ぃ、ちょっと。」 「なにー?」  ダーツボードの傍にいた夏希はこちらに駆け寄り、冴の隣に腰を下ろす。冴は夏希の長い金髪を指先で一房すくいあげながら梅田に尋ねた。 「じゃあ聞くけどさ、梅田クンはこの夏希のことを『セックスしたいな~』って思って見てるわけ?」 「え?!」  ぎょっとしてのけぞった梅田は夏希をちらっとみて顔を伏せる。夏希は梅田を見て鼻で笑い、短いスカートから伸びるすらりとした脚を組み替えた。 「いや、別にそういうわけじゃ……。」  もごもごと言う梅田に、冴は容赦なく言葉を続ける。 「じゃああっちにいる利香チャンとヤりたい?それともその隣のあおいチャン?ああ、もしかして奥にいる沙理サン狙い?それとも、ここに来る途中ですれ違ったOLのおねーさん?梅田クンの理論でいくと、梅田君は出会う異性全員を“そういう目”で見てることになるよね?隙あらば襲ってやろうと思って毎日過ごしてるってことでいいのかな?」 「そ、そんなわけないじゃないですか!」  語勢を強めて言った梅田を嘲るように見ていた神田が、吐き捨てるように言った。 「ストレートだろうがゲイだろうが好みってものがあるし。だいたい、あんた自分が嵐山ちゃんの恋愛対象に含まれてると思ってんの?あんたが?嵐山ちゃんってそんな趣味悪いわけ?自意識過剰もほどほどにしておいたら?」 ―――あーあ、相変わらず綺麗な顔とは真逆のキツイ性格してる。  神田は言いたいことを言って満足したのか、ビリヤード台からぴょんと飛び降りるとダーツのほうへ戻っていった。梅田は赤紫色の顔をして、息が詰まったかのように黙り込んでいた。

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