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第40話(啓一視点)

「夏希は相変わらず言うことがきっついな~。」  冴は苦笑いしながらそう言って、慰めるように梅田の肩を叩いた。 「でも分りやすかったでしょ?勝手に自分が恋愛対象として見られてることを嵐山をいじめる理由ってことにして理論武装してたみたいだけど、それがいかにおかしいかってことが。まあ、スケープゴートを一人作って自分の立場を守るっていうのは楽だろうし、君の気持もわからないでもないよ?もちろん、俺はそんな馬鹿馬鹿しくてくだらないことはしないけど。幼稚園生じゃあるまいし。」  そこでいったん言葉を切った冴は俺を見上げた。ちょうど言葉を挟みたくなっていたところで冴の視線が向いたので、俺は肩を竦めてから口を開く。 「あれこれ理由付けたところで、結局セックスにはまっただけだろ?」 「っ、」  肩をびくっと震わせた梅田は、怯えたような目でこちらを見上げてきた。 「相手が絶対に抵抗してこないことが分かってるから、女を誘うよりリスクが低い。アブノーマルなことも試せるし、下手くそでも笑われない。自分が性的対象として見られてる云々は後付けで、結局のところ、その程度の、くだらない理由だろ?」 「お、俺は……。」  梅田が言葉に詰まって、最終的に沈黙したのを見届けた冴は、大きなため息をついてから俺の背中をぽんぽんと叩く。 「あーあ、俺が言わないでおいたあげたことなのに啓一ってば全部言っちゃうんだもんなぁ。」 「多少は婉曲に表現しただろ。」 「じゃあ本当はなんて言うつもりだったの?」 「『セックス覚えたてのサルみたい』。」 「うわ、ひっでー。」  けたけた笑った冴と、たぶん無表情であろう俺を交互に見て、梅田はかすれた声で言った。 「……俺にどうしろって言うんですか。」 「それは自分で考えなきゃ!」  冴はビリヤード台から降り、梅田の肩に腕を回した。 「でもこれだけは覚えておいてね?今後、少しでも嵐山の体に傷が増えてたら、今度は『おしゃべり』じゃなくてもうちょっとしっかり、ゆっくり『話をつける』つもりだから。」 「あ、あいつのこといじめてるのは俺だけじゃないんですけど。」 「先頭切っていじめてるのはだ~れだ?」 「っ、……。」 「俺の言ってる意味わかる?『今後、少しでも嵐山の体に傷が増えてたら』……ね?」 「……わ、わかりました。」 「あ、あと俺の目の届かないところでやれば大丈夫って思ってるかもしれないけど、ここにいる全員、梅田クンの顔覚えたから。あ、そういえば梅田クンのこと迎えに行くとき、グループラインで梅田クンの顔写真貼っちゃったなぁ。そうなると、ここにいないやつらも梅田クンのことを一方的に知ってることになっちゃうか。」  くすっと笑った冴は、梅田の耳元に顔を近づけ、囁くように言った。 「いつどこで誰が見てるかわからないから、気を付けたほうがいいよ?」 ―――勝負がついたな。  俺はビリヤード台の端に置かれたままぬるくなりつつあったコーラを三本取ってきて、冴と梅田に渡す。 「あ、さんきゅー!梅田クンもどーぞ。」 「お、おれ、いらないです。もう帰らないと……。」 「えー?そう?じゃあ誰かに送ってもらう?そうだなぁ……広尾さーん!」  冴が声をかけたのは長身にスキンヘッドの先輩だ。年季の入った革のジャケットには無数のスタッズがついている。梅田は広尾さんの攻撃的なファッションを三度見して、それから猛烈に首を横に振った。 「自分で帰ります!大丈夫です!」 「まあそう言うなよ。俺車で来てるからさ。道中話でもしながら送ってやるよ。」  広尾さんはそう言って梅田のことを部屋から連れ出した。梅田は最後の最後までまるで助けを求めるようにこちらを何度も振り返っていたが、冴は笑顔で手を振って見送るだけだった。

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