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第41話(啓一視点)
「……お前、大概性格悪いな。」
広尾さんと梅田の姿が完全に見えなくなってから冴に言うと、冴はぷっと噴き出して俺の背中を叩いた。
「啓一もな。広尾さんがただのメタル好きな仏教学部の学生って教えてやってもよかったのに、なにも言わなかったじゃん。」
「お前が『言うな』って顔してたから黙っててやったんだろうが。」
けらけら笑いながらぬるくなったコーラを口に含んだ冴は、突如冷めた目をする。
―――いつもこうだ。
ふとした時に「なにもかもどうでもいい」って顔をする。
……だから、18年ずっとこいつのことをほうっておけなかった。
「冴。」
名前を呼ぶと、冴はすぐに明るい表情になる。
「なに?」
「いや…………ああ、そういえばさっき塾の前で聞いたけど、あの梅田ってやつ『ヤバいやつらと仲間だ』って自称してたらしいぞ。」
「へえ?ヤバいやつらって誰だろ?」
「さあ。まあ、このあたりで『ヤバいやつ』っていったら、大抵今ここにいる面々のことを指すだろうけど。」
「う~ん、梅田クンのことなんて誰も知らなかったよなぁ?でもさ、こうしてみんなに集まってもらったのは正解だったよな。」
「そうだな。……ああいう群れないとなにもできないやつには、こういうふうに集団で迫ったほうが効くからな。」
「蛇の道は蛇ってやつかぁ。梅田クンの場合、蛇っていうにはちょっと役不足な感じが否めないけど。」
くすっと笑った冴が空になったコーラの瓶を床に置く様子を眺めながら、俺はその細い指先が寝息をたてる嵐山の手を握っていた光景を思い出した。
―――冴が真帆以外の人間に対して、あんなふうに「慈しみ」を向けることができるなんて知らなかった。
誰にでも平等に優しいけど、一方で誰かを特別視することはない。
その冴が、あんなふうに……。
「啓一、みんなそれぞれ楽しんでるみたいだし、抜けちゃわない?」
物思いに耽る俺に声をかけ、冴は俺の手首をつかんだ。
―――俺が何を考えてるかなんてわからないんだろうなぁ。
俺は冴の手を握り、自分の体に隠すようにして部屋を出る。幸い途中で誰かとすれ違うこともなく、俺たちはこっそりクラブを出ることができた。
「バイクどこにおいてあんの?」
店を出た冴は背伸びをしながらそう尋ねてくる。俺は駅のほうを指さした。
「駅前の駐輪場。」
春とはいえ、夜はまだ冷える。駅を指した指先は赤くなっていた。冴はそんな俺の手を取ってぎゅっと握りしめて笑う。
「啓一っていつも指先冷たいよな。冷え症?」
「別にそういうわけじゃない。」
「手が冷たい人は心があったかいっていうけどさ、あれ当たってるよな。」
「……あれは手が冷たい人間は交感神経が活発ってだけのことだろ?」
冴は俺からゆっくりと手を離し、自分の手を見下ろす。
「冷たい手は苦手だなぁ。」
そう呟いた冴は俺を見上げ、目を眇めてほほ笑む。
―――泣きそうな顔で笑いやがって。
俺は人の目も気にせず、冴のことを抱きしめた。俺の腕の中にすっぽりと収まった冴は、抵抗するでもなくただ漫然と俺に抱かれる。
―――このままずっと俺の腕の中に閉じ込めてしまえればいいのに……。
そんなことできやしないけど、でも……。
「啓一?」
「……なに。」
「ちょい苦しい。」
冴はくすくす笑いながら俺が腕を緩めるのを待ち、俺が力を抜くと俺の背中に手を回してきた。
「急にどうしたー?人肌恋しくなっちゃった?」
からかうような冴の言葉を無視して、俺は冴の髪に顔をうずめる。金属みたいな色に染められた髪は見た目よりもずっと柔らかくて、頬にふれるとくすぐったい。
「……冴。」
「んー?」
「俺はどこにもいかない。ずっと冴の傍にいる。」
「おっ、なんだなんだ、愛の告白?やだぁ、啓一クンってば。」
「俺は冴より先に死なない。約束する。」
すると冴はぴたりと身動きを止め、口をつぐんだ。普段から軽口ばかり叩いている唇は貝のように固く閉じられ、その代わりに華奢な方が小さく震えていた。
「冴……。」
「…………そうだね。独りで残るのはもう勘弁だな……。」
「俺がいる。だから大丈夫。冴、大丈夫だ。」
―――大丈夫。
だから、もっと俺のことを頼ってくれ。
俺のことを、
俺だけのことを、
俺だけを「特別」にしてくれ。
頼むから……。
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