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第9話
それを見た白金君は真剣な表情になって、僕の方に身を乗り出してくる。
「ただ無理難題を押し付けられてるだけじゃないよね。」
「っ……。」
「その顔の傷とか、手首の傷もあいつらにやられた?」
「…………こ、これは……。」
「親?」
「ち、違います!」
「じゃあ学校のやつらじゃないの?」
白金君はなにも言えずに俯く僕をじっと見つめていた。たぶん僕が口を開くのを待っていた。苛立ちを表すこともなく静かに僕を待ってくれる。そんな人は僕の身の回りにいなかった。みんな僕が何か言う前に殴ったり、蹴ったりする。それが体に染みついているせいで、無意識のうちに「喋る」ことよりも「殴られた時に備える」ことの方を優先してしまう。そうやって口下手になればなるほど、周りの人間は僕に苛立ち、攻撃してきた。
しばらく沈黙が続き、とうとう本郷君が口を開いた。
「食いながら考えまとめたら?冷めるとまずくなるだろ。」
「あ……はい。」
素っ気ない言葉だったが、別に怒っていたりいらいらしていたりするわけではないことは穏やかな声から分かる。白金君は二つ目のハンバーガーをかじりながら、相変わらずじっと僕を見ていた。本郷君はそんな白金君を小突き、「落ち着いて食べさせてやれ」とたしなめる。
冷めつつあったポテトを食べながらそんな二人のやりとりを眺めていると、中学時代のことを思い出した。まだ僕が「友達」としてみんなに受け入れられていた頃のことだ。ほんの数年前のことなのに、なんだかそれが信じられない。ほんの数年前まで僕はずっと問題なく生きてきた。普通に笑って、普通に泣いて、普通に友達と遊んで、普通に喧嘩もした。そして普通に人を好きになった。
ただ、好きになった相手だけが「普通」じゃなかった。
「……人を好きになることは悪いことなんでしょうか。」
気が付いた時にはそんな言葉が口をついて出ていた。言ってしまってから後悔したが、一度こぼしてしまったものは戻せない。白金君と本郷君は不思議そうな顔をして僕を見ていた。
原色でけばけばしく装飾されたファーストフード店の壁と、白々しいほど明るいLED電気。目の前には冷めかけたポテトと、人口着色料で毒々しいくらい鮮やかなオレンジジュース。僕の口走った言葉と相まって、この場の全てが陳腐で馬鹿らしく思える。
―――なに言ってるんだろう、僕。
「あの…………なんでもありません。変なこと言ってごめんなさい。」
気まずくなってしまった空気をなんとかしたくて謝ってみると、白金君がぽつりと言った。
「変なことかな?」
「え……?」
白金君は紙ナプキンで手を拭き、柔らかく笑った。
「俺は、誰かをちゃんと好きになれるってすごく大事なことだと思うよ。」
てっきり馬鹿にされるかと思っていたのに、白金君は笑うどころかちゃんと答えてくれた。本郷君はなにも言わなかったけれど、彼も僕の言葉を嘲るような素振りは全く見せない。ピアスやアクセサリーをたくさんつけて、髪を染め、制服を着崩している「怖い人」たちのはずが、彼らは僕の学校の同級生の誰よりも良識的に思えた。
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