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第12話

 まるで自分のことのように真剣に考え込む白金君を見ていると、僕は無性に泣きたくなった。 ―――正義感が強いっていう理由だけで、初対面の僕のことをこんな風に考えてくれるなんて変だ。 面倒事に巻き込まれたくないと思うのが当然だろうし、そもそも知り合いでもない僕のことを色々考えたところで白金君にはなんの得もない。 学校だって違うのに。 それにも関わらず、この人は僕の代わりに怒って、悩んでくれている。 「……っ、」 ―――泣いちゃだめ。 泣いたら困らせる。  そう自分に言い聞かせてみたけれど、結局我慢できずに涙がぱたぱたと音を立てて膝の上で握りしめた拳の上に落ちた。涙はいつも痛いときや辛いとき、苦しいときに零れるものだった。だけど今のこの涙は一体なんなんだろう?どうして自分が泣いているのか自分でもよく分からない。ただどうしようもなく涙が溢れてしまって止められなかった。  白金君はぼろぼろと泣く僕をじっと見て、ゆっくりと瞬きをする。それからブレザーを脱ぐと、僕の頭の上からそれをそっとかぶせる。布一枚で外界から遮断され、僕は居心地の良い暗がりの中に逃がしてもらえた。  女物の香水のような甘い匂いがする白金君のブレザーに隠され、僕は声を押し殺して泣いた。白金君も本郷君も僕に言葉をかけることはなかった。そのかわり、白金君は僕の背中をずっとさすってくれていた。  ひとしきり泣いて落ち着いた僕が鼻を啜りながらブレザーの下から顔を見せると、白金君は頬杖をついてぽつんと言った。 「やっぱり、痛いのはよくないよ。」 「え……?」 言葉の意味を理解できなくて聞き返すと、白金君はさらに続ける。 「痛いのが好きなら話は別だけど、そうじゃないならよくない。」 「そ、そうですね……。」  僕に言っていると言うよりは自分自身に言っているかのような口ぶりだ。抽象的な言葉になってしまうけれど、一瞬白金君が「扉を閉めた」ように思えた。自分自身と周りの世界を遮断するための、重く厚い「扉」を。  さっきまでの人懐っこさが嘘のように、白金君は近寄りがたい雰囲気になる。綺麗な横顔の輪郭は彫刻みたいに固まって、急に人間味を失った。 ―――……怖い……。  その時、いきなり本郷君が口を開いた。 「冴、そろそろ真帆が帰ってくる時間。」 「え?もうそんな時間?」  はっとした白金君は腕時計を覗き込む。それと同時に近寄りがたい雰囲気が消えてなくなった。 ―――真帆って誰だろう? 「こいつの従妹。」 本郷君が僕の考えを読むかのように答えを教えてくれた。従妹ということは、さっき白金君がくれた絆創膏の元の持ち主ということになる。 「この四月で小学四年生になったんだ。一応集団下校なんだけど、途中で解散になるから迎えにいかないと。」 白金君はそう言いながらスマートフォンを取り出してメールを打つ。きっと「真帆」ちゃんに連絡をいれいてるのだろう。 ―――いいお兄ちゃんなんだろうなぁ。  今日初めて会った僕が言うのも変だが、白金君を見ているとそう思える。「迎えに行かなきゃ」と言いつつ、嫌な顔一つしていないところから想像するに、きっと年下の従妹を可愛がっているに違いない。  メールを打ち終わった白金君はスマートフォンをポケットにしまうと同時に、急に僕のほうを向いた。 「途中まで一緒に帰らない?」 「え?ぼ、僕ですか?」 「うん。何で通学してるの?」 「バスと、それから電車です。」 「駅は蒼秀学園坂下?」 「そうです。」 「じゃあ同じだ。駅まで一緒に行こうよ。」 「は、はい……。」

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