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第15話

 翌日、目が覚めて一番に思ったのは、「昨日のことは全部嘘なんじゃないか」ということだった。だけど自分の手首を見れば、すべて現実だったことはすぐにわかる。僕に手首にはまだ花柄の絆創膏が貼ったままだった。 ―――嘘じゃないんだ……。  地に足が付かないようなふわふわとした気持ちでベッドから出て、姿見に自分を映してみる。手も足も痣だらけで見苦しい。まだ乾ききっていない擦り傷や、剥がれかけたかさぶたも見ていて気持ちのいいものではない。 「汚い。」  そう呟いてから寝巻にしているTシャツを脱いで制服に袖を通し、自分の部屋を出た。家の中は相変わらずしんと静まり返っていて、僕の足音だけが大きく響く。共働きの両親は家を出るのが早く、僕はここ最近まともに両親の顔を見ていなかった。  しかし顔や手足の傷跡を見せないで済むと考えれば、不在がちな両親はむしろ僕にとって都合がいい。こんな姿を見せて余計な心配をかけたくはなかった。 「お弁当……作ってくれなくてもいいのに。」  食卓の上に置かれたお弁当箱を見ていると涙がこみ上げてくる。せっかく作ってもらっても、僕のお弁当は学校で捨てられてしまう。早朝に家を出なければならない母が、明け方から起きだして作ってくれるにも関わらず、捨てられるのは一瞬だ。だから僕は毎朝朝食代わりに家でお弁当を食べることにしていた。 ―――学校、辞めちゃいたいな。  お弁当を食べながら、もう何千回思ったかわからないことを考える。実際そんなことできるわけもないのに、僕は未練がましく何度も何度も「学校を辞めたい」と考えていた。 ―――今日もまた殴られるのかな。 今日もまた、無理矢理されるのかな。 もうなにもかも投げ出しちゃいたいな……。  考えても無駄なことを考えながら登校した僕は、できるだけ誰にも見られないように注意して自分の教室に向かった。誰かとうっかり目が合いでもしようものなら、途端に絡まれる。たとえ先生たちが廊下にいたとしてもお構いなしだ。僕にできる自衛の手段は、とにかく目立たずにいることだけだった。それでも自分の教室についてしまえば、僕はすぐに攻撃の対象になってしまうので救いがたい。  ところが、今日はいつもと違った。僕が教室に足を踏み入れた瞬間、教室内に奇妙な緊張感が走り、そのあとでみんな僕をちらっと見て目を逸らした。 ―――え? なんで?  いつもならなにかといちゃもんをつけられ、殴られたり蹴られたりしているところだ。それなのに、今日は誰も僕のところに来ようとしない。ただ腫物のように遠くから眺めるだけだった。 ―――どうしたんだろう……? もしかして、昨日白金君たちに連れて行かれた話が広まったのかな? 誰からも殴られない朝なんて…………いつぶりだろう……。  誰からも殴られないのは朝だけではなかった。その日は一日誰からも手を出されなかったし、からかいの言葉をかけられることすらなかった。いつも率先して僕に暴力を振るってくる隣のクラスの梅田君ですら、僕を遠目に眺めるだけだった。 ―――こんなことってあるんだ……。  一日遠巻きに眺められるだけで、新しい傷が増えることもなく学校が終わり、僕は戸惑いを隠せないまま教室を後にした。そしていつも通り廊下の隅を小さくなって歩いていると、どこからか慌ただしい声が聞こえてきた。

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