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学校を卒業してからは、僕は親戚の家を出て工場で働いていた。小さなアパートを借りて、工場でもあまり他の従業員とは関わらないようにして静かに生きていた。誰の視線も浴びることのない生活は孤独ではあったが、僕はその孤独に安らぎすらも感じていた。
しかし、孤独は静かに音もたてず、僕を追い詰めていった。孤独の生活は、辛さはなかったが、それゆえに一切の刺激がなかった。生きていることに意味を見いだせず、呼吸をしていることを忘れるようにぼんやりとすることが増え、ふいに死を望むことが増えてきた。
たぶん、その日、僕は家に帰るつもりがなかったのだろう。仕事が終わって、ふらふらと当てもなく行ったこともないところを歩いていた。消えるように、誰にも迷惑をかけることなく、草木が朽ちるように死んでしまいたいと……そう思っていた。
気付けば、穏やかな商店街に辿りついていた。何かを買おうと思っていたわけではなかったが、穏やかな雑踏に吸い込まれるように足を踏み入れていた。
『――あっ、そこの人! お兄さん! ちょっと、そこどいてー! 止まれないー!』
『……えっ』
ゆらゆらと海底を歩くように歩いていた僕は、突然のことに反応できなかった。切羽詰まったような声が後ろから聞こえてきて、驚いて振り向けば――花束を抱えた女性が、僕に向かって突っ込んできた。
『ぎゃーっ!』
――久々に、青空を仰いだ。女性に押し倒されるように地面に倒れ込んだ僕は、なんとか女性を受け止めて、背中から地面に落ちて行った。その時――視たのだ。久々の、空を。不意の事故で仰向けに転んで、久々に、空を視た。
『ごっ、ごめんね! 痛い? 痛いよね!? ごめんなさい、私急いでて走っちゃってて、本当にごめんなさい!』
『い、いや……大丈夫です……』
『本当!? 怪我、してませんか? 一旦私の店に行きましょう? あ、そこの花屋ですから、ね?』
『でも、貴女、急いでるって……』
『お客さんには遅れるって連絡しますから! 貴方の怪我が優先です……! ほら、はやく!』
ほんの少し紅が染み込んだ空を背景に、僕を見下ろした女性。明るい色をした長い髪を揺らし、困った顔で僕を見つめている。抱えていた花束が少し潰れて、花びらが……ひらひらと、舞っている。
彼女の名を、紋 といった。僕の――初恋の相手となった女性だった。
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