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その出逢いから、僕と紋さんは少しずつ惹かれ合っていった。紋さんは美しくて優しくて、素敵な女性だった。僕は彼女が初恋の相手だったが、それでも「好き」ということがはっきりとわかるくらいに彼女に恋をしていた。そして彼女も僕にはっきりと好意を示してくれていて、あとは僕が彼女へ想いを伝えることができれば――という関係だった。
僕が彼女に想いを伝えることができなかったのには、理由がある。僕が、猟奇的殺人犯の息子だからだ。あの父の血が流れているのだと思うと、美しい彼女に触れることができなかった。この手で彼女に触れてしまえば、彼女を壊してしまうのではないか……そう思っていたのだ。
けれど、そんな僕の手を引いたのも、彼女だった。それは、薔薇園にデートに行った時の事。僕は彼女の想いになかなか応えられないでいることに罪悪感を覚えて、過去を告白した。その時僕は、軽蔑されると思った。引かれると思った。もしくは、彼女は優しいからそっと距離を置かれるだろうと思っていた。しかし、彼女は言った――「だからこそ、恋をすればいいの」と。
『意味がわからない』
僕は正直に答えた。こんな僕が恋をすれば、相手を穢すことになる。だから恋をしたくないのに。簡単に言わないでほしい。それくらいに、きみが大切なのに。――咄嗟にその気持ちを伝えれば、彼女は答えたのだ。
『私――お父さんに、虐待されていたの。性的な、虐待。いっぱい、穢いことされていた。……私、自分のことが気持ち悪くて仕方なかった。穢くて、穢くて、気持ち悪くて仕方なかった。早く死んでしまいたかった、消えたかった。だって、親にレイプされた女だもん。……でも、そんな私を愛してくれるひとがいたの。もう別れちゃったけどね、私、何人か彼氏いたの、今まで。まあ、別れたから、それまでって感じではあるけどね……でも、愛してくれた人がいた、愛した人がいた……その事実が、私の誇りだった。たくさんの恋を重ねて、私はこうして生きている。誰かの一瞬になれたんだもん、私は――生きていることを、誇りに思う。私は私のことが大好き!』
『――……』
『ねえ――れいくん。貴方は、きっと自分に怯えるかもしれない。穢いって思うかもしれない。でも……その穢さよりも、いっぱい、たくさんたくさん、素敵な思い出を積み上げていこうよ。いつか、その穢さがちっぽけなことになるように。それまで――私と、手を繋いでいてくれませんか。私と、恋をしてくれませんか。れいくん。……私、れいくんのことが、好き。好きです、れいくん』
――葉風が立つ。優しい薔薇の匂いが、彼女の髪の毛を揺らした。
僕は、きっとその言葉に救われたのだ。僕の恐怖を否定するわけでもなく、肯定するわけでもない……未来の小さな光を見せてくれた、その言葉に。
僕がそっと彼女の手を取ると、彼女は微笑んだ。震える僕の手を、ぎゅっと握って。
『――紋さん。……キスを、してもいいですか』
幸せそうに笑った彼女に、僕は触れるだけのキスをした。それ以上唇に触れている勇気がでなくて、そっと彼女を抱きしめた。「あったかいね、れいくんの腕」――そう言われて、彼女にばれないように、涙を流した。
『僕も……好きです、紋さん』
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