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紋さんが亡くなって、アムルーズは経営していくことが困難となった。そこで、僕が紋さんに代わってアムルーズの店主になることになった。僕は何も持っていない人間だったため、職業を変えたことによって何か問題が起きるわけでもない。優しくしてくれた眞希乃さんの役にたてるのなら、それに越したことはないと思ったのだ。
『ねえ、れいくん』
『はい』
『……まだ、れいくんは気にしているの? れいくんは……何も悪くないのよ?』
『……僕がここで働くのは、眞希乃さんのためですよ。他に、理由はないです』
『それなら、いいんだけど……。ありがとうね』
ただ、僕は、眞希乃さんに嘘をついていた。
眞希乃さんのためにアムルーズで働く……それは、本当だ。けれど、理由はあともう一つあった。――贖罪のためだ。
紋さんが亡くなったのは――僕が彼女を愛したからだ。僕はあの父の子だから、やはり触れた者を壊してしまうのだ。
僕は、人を愛してはいけなかった。いけなかったのに、彼女を愛してしまった。触れてしまった。だから……彼女は、壊れてしまった。神様の罰なのか、僕自身が壊したのか……きっと、そのどちらもだ。僕は、人を愛してはならない。僕は、僕は――……。
『れいくん。あのね……ここで私と一緒に働いてくれるのなら、これだけは覚えておいて』
『……?』
『……貴方は、貴方の人生を歩みなさい。もしもここでずっと働いてくれるのであっても、ずっと私のためにここに居てくれるとしても……自分の幸せをみつけたら、それを優先して』
『……どういう、ことです?』
『――また、れいくんに誰かと恋をしてほしいのよ』
『……、何、言ってるんですか』
アムルーズで働くと決めた僕を、なぜか眞希乃さんは少し哀しそうに見つめていた。でも、僕はその瞳の奥にあるものを理解することはできず、眞希乃さんの話を上の空で聞いていた。
『たしかに……私は、れいくんにあの子のことをずっと愛していてほしいって思っている。できるのなら、貴方にとってあの子が最後の女 であってほしいなんて、わがままなことを思っている。でも、きっとあの子は違う。あの子は、恋に救われた。たくさん恋をして、ああして笑えるようになったの。だから……貴方も。ここで、恋をすることを止めないでほしい。また、誰かを愛してほしい。天国からあの子も、貴方の新しい恋を待っているわ』
『……』
――そんな、莫迦げたことを。
『やさしいんですね、眞希乃さんは』
『……れいくん』
たとえ、眞希乃さんの言葉であっても、それは受け入れられない。だって、僕は、もう二度と誰かを傷つけたくない。もう二度と……誰かを愛したりはしない。
もしも、きれいなものに触れたいのなら。きっと、神様は、花に触れることだけは赦してくれるのだろう。愛でるなら、花だけでいい。人は、……もういい。
哀しい色をした、眞希乃さんの瞳。微笑む彼女の写真。――蝉の鳴き声が五月蠅い、一年前の夏の終わりの日。あの日のことを、今でも鮮明に覚えている。
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