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*** 「それじゃあ、眞希乃さん。また明日」 「ええ、また明日。れいくん」  夕食を食べ終わって、眞希乃さんの家を出る。いつも、眞希乃さんの家を出る時間はこのくらいの時間――すっかり夜が深くなる、夜九時くらいだ。  商店街の店は全てシャッターが下りていて、どこか寂しい雰囲気。街灯が点いているから暗くはないが、明るいとは言い難い。僕は、この帰り道の雰囲気が苦手だった。頭の上から夜の闇が降ってきて、すうっと心が冷えてゆく……この感覚が、少し怖かった。そのまま心臓が溶け落ちていって、(くら)い足元に沈んで、そのまま肉体も崩れて落ちてしまうような……そんな錯覚を覚えるのだ。  しかし、今日はなぜか、そんな感覚に襲われなかった。恐らく――こうして胸に抱いている、白い薔薇の花束のせいだろう。 「……暁。……夜明け、って意味か」  完全に花束に気をとられていた僕は、頭上に広がる夜に恐怖を覚えなかった。薔薇の中にぽんと刺さっているメッセージカードを見ていると、彼のあの眩しい笑顔が瞼の裏に浮かび上がってきて、闇の昏さなど気にならなかったのだ。  一目惚れしたなんて言われたものだから、これからどうやって彼を躱そう、それを考えると少し憂鬱だが、何故だか胸の奥が熱い。ずっと胸の奥にしまい込んでいた、紋さんと恋をしていた時のあの温かさが震えているような……そんな感覚だ。 「……変なことを、考えて……ばかばかしい」  もう、誰とも恋をしない。もう、誰も傷つけたくない。  その決意が――なぜか、揺れている。 第一章~夜のすきま、暁月夜(あかつきづくよ)~ 了

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