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「……え、」
どく、と心臓が大きく跳ねた。
頭の中が真っ白になって、時間が止まったような感覚に陥って――その中で、じわりと触れられたところから染み込んでくる温もりが、僕の胸の奥へ滴るように流れ落ちる。
……温かい。
「――……ッ」
つい、その手のひらに縋り付きそうになったところで、また――赤い映像が、フラッシュバックした。思わずその手のひらを振り払って、僕は逃げるようにして後退する。
「……、あ、……ごめん。……えっと、……何?」
彼と距離をとると、少しばかり落ち着いてくる。そうすれば、乱暴に彼の手を振り払ってしまったことへの後悔が迫ってきた。こんな風に手を振り払ったら、彼も嫌な気分になってしまうのではないだろうか。
恐る恐る彼の顔を見てみる。彼は少しびっくりしたような顔をしていたが、いつものようにまたからっと笑ってくれた。ホッとした自分の幼稚さに、呆れてしまう。
「……あの、朝霧さん。来週の木曜日、やっぱり一緒にご飯行きませんか?」
「……え? それは……さっき断ったと思うけど……」
「うん、でも朝霧さん……寂しそうなんだもん」
「――は?」
暁くんの言葉に、ギク、と肺が震えるような痛みを覚えた。
寂しい――そうだ、僕は、暁くんと別れることが、寂しいのだ。暁くんと一緒に居たいなんて思ってはいけないのに、僕は暁くんと別れたくないと思ってしまっていたのだ。この感情を知らないはずはないのに、僕はそんな自分を認めたくなくて、わからないふりをしていた。
ああ、なんてことを考えていたんだろう。僕にはそんな資格がないのに。僕は居場所があってはいけない人間なのに。暁くんに気付かされた僕自身の欲望に、僕は恐怖を覚えた。
「……僕は、……寂しくなんてない。きみと食事をするつもりもないし、今後きみと会いたいとも思っていない。勝手なことを言わないで」
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