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酷いことを言っている、それを自分でもわかっていた。だから、これ以上何も言いたくなくて、早く彼に去って行って欲しいと思った。それなのに彼は、去るどころか一歩、近づいてくる。
「そうだね、勝手なことを言いました。だから、ついでにもう一つ勝手なことを言ってもいいですか。一個も二個も変わらないですよね?」
「えっ、」
――近付くな。
その言葉を塞いだのは、僕自身。
やってきた電車のヘッドライトが暁くんを照らす。光に濡れた彼の髪、顔――瞳。まっすぐに僕を見つめるその瞳に、僕は言葉を失ったのだ。
「来週の木曜日の夜七時。この駅で、待っています。もしも、朝霧さんが来てくれたなら――」
もう一度、暁くんが僕に触れる。彼が触れたのは、僕の、手、だった。そっと僕の手をとって、両手で包み込むように優しく握ってくる。震える僕の手を見つめるその瞳は、優しく、まるで祈るように閉じられる。哀しむように睫毛は震えている。
暖かい声で彼は言う。
「――きっと、朝霧さんのことを笑顔にしてみせます。楽しいって、もう一度言ってもらいます。俺、がんばるから……だから、」
再び開いた瞼の下、光を閉じ込めた瞳。電車のヘッドライト? いや、この光は……彼自身の、胸の奥で瞬いている彼の心。
目を離せなくて、僕は息をするのも忘れていた。
「待っています、朝霧さん――貴方のことを」
今度はその手を振り払うことができなくて、僕は「ほんとに勝手だね……」と掠れ声で返すので、精一杯だった。
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