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***  暁くんは僕が返事をする間もなく改札をくぐって電車に乗っていってしまった。彼は勝手に約束を取り付けていったのだから、行きたくなければその日駅に赴かなければいいだけなのだが、あんなことを言われたら行かざるを得ない。約束をすっぽかすことへの罪悪感もあるが、それよりもあの瞳に見つめられたせいで胸がざわついて仕方ないのだ。彼にこれ以上関わってはいけないとわかっているのに、そんな僕の決意すらも揺るがしてしまうほど、彼の真っ直ぐな言葉が僕を引っ張っている。あの瞳を思い出すと、ぎゅ、と胸が痛くなる。  家に帰ってもなかなか落ち着けなくて、すぐにシャワーを浴びる気になれなかった。悶々とした気持ちを抱えながら上着を脱いで、視界に入った薔薇を生けた花瓶の前に立つ。  この薔薇は、暁くんが僕にくれたあの白い薔薇の花束だ。どうすればいいのかわからなかったが、とりあえずこうして花瓶に移して部屋に飾ってある。質素なこの部屋に飾るには少々華美すぎるが、とても愛らしく思う。 「きみには……さわれるんだけどな」  薔薇の花びらに、触れる。暁くんに貰ったこの薔薇に触れていると、暁くんから逃げる寂しさが少しだけ和らぐような気がした。 「……」  しかし。  寂しい、と思ってしまっている。薔薇の花びらを撫でながら、僕はその事実に怯えていた。寂しいということは、もっと暁くんと一緒にいたいということだ。その想いは僕が殺めてしまった紋さんを侮辱することになるような気がして、恐ろしいもののように思えたのだ。暁くんのことを思い出せば出すほどに彼のことを恋しく想ってしまって、自分自身の浅ましさに嫌悪感を抱いてしまう。 「紋さん……ごめんなさい、僕は、……きみを殺したのに、……また――……」  けれど。  あんなふうに見つめられたら。こんな僕の手をとって、「待っている」なんて言われたら。 「――恋を、してしまいました」  僕は、また過ちを繰り返してしまう。いけないことだとわかっているのに、彼にまた会いたくて仕方がない。  罪の意識に涙が溢れてきて、止まらない。それでも彼の眩しさが、僕を離さない。  どうしたらいいのかわからなくなって、僕は。  ――そっと、薔薇の花びらに口付けをした。

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