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***  雨は強くなっていく一方だった。服は雨を吸ってずっしりと重くなり、髪からだらだらと垂れてくる雨水が鬱陶しい。走ることすらも久々だったので、段々と息が苦しくなってくる。  どうしてこんなに必死に走っているのか、僕自身理解ができなかった。待っているのかも定かでない彼を待たせたくないからか、彼に会いたいからか……。彼に、いないで欲しいという思いが一番にくるのに、僕は無我夢中で走っている。  どのくらい走ったのだろう。きっと、時間にしたら大したことないだろう。しかし、この大雨の中走ることが苦しくて、ずっと長い時間走っていたような気がする。駅に到着したころには、僕は馬鹿みたいに息を切らして、笑う膝を叱咤することで精いっぱいだった。  駅は、静かだった。雨の音だけが響いていて、人影は見当たらない。  時計を見ると、もう八時を超えていた。約束の時間を、一時間も過ぎている。さすがに彼でも、こんな雨の中、一時間も待っているわけがない。彼がいないことにホッとして、僕はへろへろとしゃがみこんでしまった。  ああ、これで、彼との関係は終わりだ――。  す、と胸の中のざわめきが静まっていくような感覚に、僕は安堵する。彼との出逢いから感じていた、僕の中の「変化」のようなもの。きっと僕はそれが怖かった。恋をしてはいけないとわかっていながらも彼に惹かれていく自分を、恐れていた。彼とこのまま一緒にいては、今までの淋しい(静かな)日常が変わってしまうと――そう思っていた。  だから、彼がいなくてホッとした。そして――ぽかりと、胸の中に風穴が空いたような……そんな、寂しさを覚えた。 「……暁くん、……さよなら」  呟いて、――その瞬間に、目頭が熱くなってきた。彼と過ごしたほんの短い時間が、あまりにも眩く、そして遠く感じる。あれは、僕にとって夢のような時間だったのだろう。もう届かないと悟ると、そうすれば本当に僕は彼に恋をしていたのだと思い知った。 「――いやあ、降られましたね」 「……え、」  

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