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ぽろ、と雨粒とは違う熱い雫が頬を伝う。刹那、頭上から、僕の心臓を震わせる声が降ってきた。
「こんにちは、朝霧さん」
「……っ」
すべての音が、消えてしまったような……そんな感覚に陥った。
顔を上げた僕の視界に、いつものように優しく微笑む――暁くんが、映る。
「……なんで、いるの」
「え? だって、約束したじゃないですか。待ってるって」
「今、何時だと思ってるの……なんで、こんな時間まで待ってるの」
「なんでって――朝霧さんが来るから、待ってたんですよ。ほら、朝霧さん、来たでしょう?」
「……、」
僕は立ち上がって、彼を見据える。彼はこんなに待たされたというのに、憤りのひとつも見せず、にこっと微笑みを向けてきた。
……彼は、ばかなのだろうか。
僕は、ほんの少し前までここに来るつもりはなかった。雨が降って、暁くんがまだ待っていたらどうしようと思って、ここまで来ただけだ。ほかの理由なんて――ないはずだ。
もしも、僕が来なかったら、彼はどうしていたのだろう。そう思うと血の気が引く。そしてこんな僕を待ち続けた彼に、ぐちゃぐちゃとした想いが募ってゆく。
「僕は……元々、ここに来るつもりはなかった。雨が降ってきたから、……きみは少し変わっているから、もしかしたらまだいるかもしれないと思って来ただけだ。きみが期待しているようなことは何もないよ」
「そうですか。じゃあ、雨に感謝しないとですね。俺にチャンスをくれたんですから」
「――チャンスなんてない……! 僕はきみとこれ以上の関係になるつもりは絶対にない……! 別れを言いに来ただけだ……!」
言いきって、ぜえぜえと息を吐く。何故か彼に乱暴な言葉を言うたびに、心臓が血を吹いているのではないかというくらいに、胸が痛む。その血が、こうして――涙となって、溢れてきているのだろう。雨が降っているから彼は気付いていないだろうが、僕は情けないくらいに、ぼろぼろと涙を流していた。
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