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「……毎年、涼音のお墓に薔薇の花束を持っていこうと思っていたんです。……なんですけど、朝霧さんに一目惚れしちゃって。新しい恋がしたいなあとか、そんなこと思いました」 「……」  彼の声色が、重かった。まだ、吐き出し切れていないものがあるような、歯切れの悪さ。  暁くんは俯いて、ぎゅっと拳を握っている。 「……俺、薄情ですよね。鈴音が亡くなってまだ二年なのに、……新しい人を好きになんてなっちゃって」 「それを言ったら……僕だって婚約者を亡くしてるよ?」 「俺と朝霧さんは、違いますよ。だって、俺から朝霧さんのことを好きになったんですから。自分から好きになるのと、アタック受けるのは……違うじゃないですか」 「そう……かな? でも……薄情なんてことないと思うよ」 「それは……言うことはできるんですよ。鈴音だって言った、『幸せになってね』って。でも、本当は違う。違う人を好きになることは、裏切りと一緒だ」 「そんなこと……」  ――『人を好きになるのが怖い』、暁くんがそう言っていたのを思い出す。あのとき、それはどういう意味なのだろうと、疑問にも思わなかった。こういうことだったのだ。暁くんは、恋人を喪った後に、新しい恋をすることに罪悪感を覚えていたのだ。 「鈴音は……亡くなる一週間前には、俺に言いました。『私のことは覚えていてくれるだけでいい、あっくんにはまた誰かと恋をして、幸せになって欲しい。ずっと見守っている』って。……でも、それは、鈴音が俺のために言ってくれただけの言葉だって俺はわかっていた。鈴音が亡くなる三か月前……余命宣告をされたばかりの頃。鈴音は俺に言ったんです。『死にたくない、あっくんと離れたくない。私だけのあっくんでいてほしい。あっくんが違う人を好きになることを考えると怖くてたまらない』。……初めて死ぬことを意識して、混乱して、そのなかで俺に言ったその言葉が、彼女の本心だってことくらい……俺は、わかっていました」  返す言葉がなかった。  僕も、眞希乃さんに言われた言葉を思い出したのだ。『貴方にとってあの子が最後の(ひと)であってほしい』という言葉を。愛している人に愛されたいという想いは、誰だって、持っている。

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