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「『もっと恋をしていたかった』――泣きながら言われたあの言葉が、ずーっと……頭から離れないんです。……鈴音は……俺を想いながら、体が弱っていくことが……どんなに怖かったんだろう。俺の声が聞けなくなることが、俺のことが見えなくなることが……俺を好きでいれなくなることが、どんなに、……どんなに怖かったんだろう。俺に縋りついた鈴音の手の感触を、今でも覚えています。あの時俺は、この手を離さないと誓ったのに……俺は……」
暁くんが、駅で僕を叩いてまで怒った理由が、ようやくわかった。スズネさんが叶えることのできなかった「もっと恋をしていたかった」という願いを、僕はあの時侮辱したからだ。
恋をすること、恋を放棄すること。そのどちらも、恋ができなかった人は、きっと恨めしく思うだろう。何が正しくて、何が間違っているのか……わからなくなってくる。
「いっぱい、悩んだのに。暁くんは、僕を好きになってくれたんだね」
「……、」
僕と、暁くんは似ているのかもしれない。恋をすることが間違っているかもしれない、でも恋がしたい。そんな思いを抱えて、一緒にいる。
そう思うと、余計に暁くんのことが愛おしく思えてきて、僕は指先で彼の手に触れた。こんな苦しみを抱えながら僕に恋をしてくれた彼が、愛おしい。手を繋ぐ勇気は、まだ出なかったけれど。
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