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 暁くんはあからさまに落ち込んだ様子で、部屋から出ていく。電話に出た彼の声は、少しだけ不機嫌そうだ。  彼の声が遠くなっていくにつれて、僕は現実に引き戻されるような感覚を覚えた。暁くんのことだけを考えてふわふわとしていた頭が、一気に冷静になったような。その瞬間、年甲斐もなく恥ずかしくなってきて、顔がかあーっと熱くなってくる。 「……」  あの瞬間、僕は本当に彼とキスがしたかった。  そう自覚すると、自分が自分でないような気持ちになった。このまま僕は……変わることができるのだろうか。心の中が揺れて、落ち着かない。自分を許せずにいた今までの時間が、どうしても僕の影の中に融けて居座っている。いつになったら、迷わず暁くんの手を取ることができるのだろう。彼に見つめられると彼と共にいることを素直に喜べるのに、こうして一人になるとやはり考え込んでしまう。  じっとしていることが億劫になってきて、僕は食器を片付けようと思い立った。空になった食器を持って静かにキッチンへ向かう。暁くんの声が聞こえてきたが、どうやら学校の授業のことについて話しているようで、少し長くなりそうだった。まだ彼と顔を合わせる心の準備が整っていないので、もう少し電話をしていてくれとこっそり祈る。   

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