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そう数の多くない皿を洗うのに、わざと時間をかけた。それでも時間稼ぎにはならなかったので、意味もなく水回りの整理整頓をしてみる。物があまりなくて、やることはほとんどないが。
ようやく電話を終えた暁くんが、キッチンへ近づいてきた。妙に足音が大きく厚みを帯びているように聞こえてきて、とん、と音がなるたびに心臓をノックされているような心地に陥ってしまう。
「……朝霧さん」
「はっ……はい!?」
暁くんは僕の後ろに立って、そっと抱きしめてきた。思わず僕は飛び上がって、水滴を拭いていたふきんをシンクにぼとりと落としてしまう。
「……これ……いやじゃ、ないですか」
「い、……やじゃ、ない、けど……」
一々聞かないでくれと言いたかった。恥ずかしくてたまらない。
暁くんは僕の返事を聞くと「よかった」と掠れた熱っぽい、そして安堵したような声で囁いて、ぎゅうっと腕に力を込めてきた。首元に顔をうずめられると、暁くんの髪の毛が首筋をくすぐってゾクゾクとしてしまう。
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