65 / 109

49

*  ピピピ……と無機質な電子音が響く。それが目覚まし時計の音だと気付くのに、しばらくかかった。こんなにもすっきりとこの音に起こされるのは久々だったからだ。いつもは粘質の夢から引きずり出されるようにして起きるから、この音がこんなに爽やかなものに聞こえることはない。  手を伸ばして目覚まし時計を叩くと同時に、僕を抱きしめて眠っていた暁くんが身じろぐ。暁くんは「ん、」と小さく唸って、ゆっくりと重そうな瞼をあけた。 「……う、おはよ、……朝霧さん……」 「……おはよう。朝だよ、暁くん」  暁くんはまだ眠そうだ。たぶん、普段はこの時間はまだ寝ているのだろう。しかし、暁くんは僕を視界に認めるなりふにゃっと笑って、僕の頭を撫でてきた。「朝霧さんだ」と囁いたので、「朝霧ですよ」と答えると、「朝霧さん」と甘ったるい声で言って僕を抱く腕に力を込めてくる。 「おはよー、朝霧さん、おはようございます……」 「うん、おはよ、暁くん」 「おはようございます~……」  暁くんは僕の頭に顔をうずめてもごもごとしゃべっている。なんだか本当に幸せそうな声を出すから、胸のあたりがむずむずとしてきた。  暁くんはしばらくそうして僕にしがみついていたが、時間も迫っているとわかったのか、ようやく僕を解放して体を起こす。少し寂しさも感じたが、僕も僕で朝は時間がないので、離れてゆく彼の背中をぼんやりと眺めるにとどまった。 「あ……もしかして、外、晴れましたかね」  暁くんはベッドから下りるなり、窓に近づいていった。遮光性のカーテンをサッと開けて、部屋に光を導いてくれる。 「うおー、晴れた! めっちゃ青空!」 「……ほんとだ」  窓の外は、抜けるような青空だった。暁くんは嬉しそうに声をあげて、僕を顧みる。  まぶしいな、と思った。青空の光に、暁くんの明るい色の髪の毛が、きらきら。笑顔がすごく爽やかだ。 「すごく、晴れたね。昨日の雨が嘘みたい」  ただ、天気の話をしているだけなのに、こんなに胸がいっぱいになるのは何故だろう。「晴れたね」なんてそんな言葉、今まで数えきれないくらい言ってきた言葉なのに……こんなにも、美しい言葉に感じる。  青空を背景に、暁くんが笑っている。寝ぐせが跳ねていて、でもそれに気付いていないのか無邪気に笑っていて。そんな彼を見ていると……なんとなく、その答えがわかってきた。  暁くんがいるから、いつもと同じ青空が美しく見える。彼がいるこの世界は……こんなにも、色鮮やかだ。 「暁くん」 「はい」 「……いい、天気だね」  ただ、恋をしただけで。恋をしたいと願っただけで。こんなにも世界が変わる。僕は……もっと、彼を好きになりたい。彼に愛されたい。  彼が微笑む。白黒だった世界に――淡い色彩が、乱反射する。 第二章~一万色の万華鏡~ 了

ともだちにシェアしよう!